「私の視点」 聖心女子大学教授 永田佳之さん
日本の教育はよい方向に向かっているのだろうか。第42回ユネスコ(国連教育科学文化機関)総会で採択された教育勧告を一読して、こんな問いが浮かんできた。
2023年11月、ユネスコ加盟国194カ国は全会一致で「平和、人権および持続可能な開発のための教育勧告」(略称)を可決した。現代的な課題に対応するために、1974年の旧勧告からほぼ半世紀ぶりの改訂だ。ほとんど報じられていない勧告だが、日本の教育の現況を考えると、その意義は殊のほか大きい。
勧告では、現在、各地で続く戦争や環境破壊など人間の体たらくが起こす諸問題を解決するために「平和」や「持続可能な開発」などについて全ての人々が積極的に学ぶべきだとしている。いくら「平和」等々を唱えても理想論に終始してしまいそうだが、勧告では具現化するための、ジェンダー平等などの「14の主導原則」と多様性の尊重などの「12の学習目標」が盛り込まれている。
これを読むと、いかに日本の教育の当たり前が国際的には当たり前ではないのかが分かる。日本ではとかく個人の能力開発が話題になるが、世界の教育で今求められていることは何よりも〈共に生きることの大切さ〉だ。能力開発が戦争や環境破壊に向けられてはならない、と昨今の世界情勢は私たちに諭している。
勧告には、共生的とも和気あいあいとも訳される「コンヴィヴィアル」という言葉が出てくる。子どもにとっても先生にとってもワクワクするような場へと学校文化を変容させていくことが期待されている。また「エンパワー」や「エンパワメント」(力づけること)が15カ所も登場するなど、「いのち」が元気になるような表現も多い。そこには人間以外のものも含まれ、全ての命を尊重するようになることが世界共通の教育課題とされたのだ。包括的性教育や多言語教育などの重要性が明記され、気候変動やAIへの対応も喫緊の課題とされている。
さて勧告で標榜(ひょうぼう)された理想をどのように具現化していくのか。加盟国は今後、勧告に照らして自国の政策や法律、計画を見直し、自ら評価していく。この営みは、多様な関係者間での開かれた対話を通して、創られることが提言されている。残念ながら旧勧告は半世紀もの間、積極的に活用されることはなかったと言われる。その二の舞いにならないためにも、このプロセスを学校や地域という小単位でも作れないだろうか。
勧告を手鏡に、自分の学校や地域のよい点や改善すべき点について、子ども・若者を中心にした話し合いを重ねて初めて、国連の勧告は「私たちの勧告」になるのであろう。
- ユネスコ勧告の邦訳は6月末以降こちらで読めます(日本国際理解教育学会ウェブサイト「報告書」に掲載予定)
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