リタ(左)は息子ジョージをロンドンから疎開させようとするが APPLE TV+

<戦火に引き裂かれた母子の運命を描くApple TV+で配信中の映画『ブリッツ ロンドン大空襲』は、キャストの演技もパワフルだがメッセージ性が過剰──(レビュー)>

イギリスの映画監督スティーブ・マックイーンについて、確実に言えることが1つある。彼は決して同じタイプの映画を作らない。

『ブリッツ ロンドン大空襲』予告編

孤独なセックス依存症の男を見つめた『SHAME─シェイム─(Shame)』、誘拐され奴隷として売られた「自由黒人」の回想録に基づく『それでも夜は明ける(12 Years a Slave)』、女たちの現金強奪サスペンス『ロスト・マネー 偽りの報酬(Widows)』に、ロンドンのカリブ系移民社会を描く『スモール・アックス(Small Axe)』。


ハンガーストライキを決行したアイルランド人政治犯の伝記『HUNGER/ハンガー(Hunger)』で長編デビューして以来16年、マックイーンは実に多彩な作品を送り出してきた。

2023年には『占領都市(Occupied City)』でドキュメンタリーに挑戦した。現在の平和なアムステルダムのさまざまな場所をカメラで捉え、ナチスが第2次大戦中にそこで行った蛮行を解説する4時間の力作だ(日本公開は12月27日)。

アップルTVプラスで配信中の『ブリッツ ロンドン大空襲(Blitz)』でも同じ時代を取り上げたが、今回はフィクション。ドイツ軍の爆撃が熾烈を極めた1940年のイギリスで母と息子が生き別れになる物語で、これまでで最も伝統的な映画と言えるだろう。

過酷な題材を扱い暴力的な描写もあるが、全体としてはお年寄りから子供まで楽しめる歴史ドラマの部類に入る。

涙を誘う場面あり、(デジタル合成による)廃墟と化したロンドンの壮大な空撮あり、歌や踊りまで盛り込まれている。子供の目を通して悲劇の時代を芸術性豊かに再現した『ブリッツ』は、いい意味で冬休みにぴったりのファミリー映画だ。

祖父(ポール・ウェラー演)の伴奏で家族で歌う

シングルマザーのリタ(シアーシャ・ローナン)は、9歳の息子ジョージ(エリオット・へファーナン)を泣く泣く地方に疎開させることにする。だがジョージは母と祖父(ミュージシャンのポール・ウェラーが演じている)と3人で暮らすわが家に戻りたい一心で、汽車から飛び降りる。

長く危険な旅の途中で、少年はさまざまな人と巡り合う。出会いの一部は示唆に富み感動を呼ぶが、単に歴史と社会に物申す目的で挿入したかに思えるエピソードもある。


例えば防空壕で白人男女が移民の一家を追い出そうとする場面。彼らがイデオロギーを打ち出すためにつくられたようなキャラクターでなければ、もっと心に響いただろう。

多民族のイギリス描く

ジョージが凶悪な犯罪集団に利用されるくだりもいただけない。マックイーンの映画には観客の顔に痛みや苦しみをこすり付けるかのように、悲惨な状況を過剰に演出するきらいがある。

爆撃されたナイトクラブでジョージが死体から宝石類を盗むことを強要される場面は猟奇ホラーめいていて、映画全体の社会派リアリズムから浮いている。

だがより大きな問題は構造にある。ジョージの旅路とリタの日常という2つのストーリーが展開するのだが、そのバランスが悪いのだ。

息子が失踪したことを、リタは映画の中盤まで知らずにいる。つまりジョージが瓦礫の町で生きるか死ぬかの危機にさらされているときもリタはわりとのんきに暮らしており、見せ場もほとんどない。

勤務先の軍需工場でBBCの生放送に出ることになり、イギリス軍のために歌うシーンはいい。緊張していたリタがやがて熱い思いに動かされ、堂々と歌声を披露する過程をローナンは見事に演じた。

ジョージに向けて歌うリタ

だが半狂乱で息子を捜し始めるまで、彼女の世界は動きに欠ける。その頃には映画は後半に差しかかっており、2つのストーリーが並行してスリリングに繰り広げられる時間はあまり残されていない。


イギリス国民が「平静を保ち、普段の生活を続けよ」の標語の下に一丸となって空襲に耐えたという神話に反論したかったと、マックイーンは述べた。『ブリッツ』を通して彼は、当時のイギリスが対立の絶えない多民族国家であったこと、非白人の体験が往々にして語られずにきたことをあらためて強調する。

ジョージの父親は黒人で、その事実が生活のあらゆる側面に影響を及ぼす。ジョージが汽車から飛び降りるのは白人の少年にいじめられたのがきっかけだし、のちには有色人種ならではの体験を通してナイジェリア出身の兵士イフェ(ベンジャミン・クレメンタイン)と親交を結ぶ。白人家庭で育ったジョージには、非白人と心を通わせた経験がほとんどない。

ストイックな白人の国というイメージが強い当時のイギリスを、マックイーンがより多様な社会として描きたいのは明らかだ。それは伝える価値のあるメッセージだが、メッセージ性が先に立ってしまい、登場人物と物語から自然ににじみ出ないのが惜しい。

美術やカメラワークといった技術面は盤石だし、粒ぞろいのキャストはパワフルな演技を見せる。それでもキャラクターの内面世界に観客を引き込む力はない。

ドイツ軍の爆弾が雨あられと降り注ぐ都会で母の元に帰ろうとする子供がいたら、誰だって応援したくなる。だがジョージに課された障害物レースはあまりに紋切り型で、コンピューターゲームのように思えるほど。マックイーンは所々で得点を上げるが、ハイスコアには至らない。


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