思いついたように部下を呼び出し
会議は集団での意思決定で、民主的な手続であり、独裁はその反対です。では、仮にリーダーが独断的な組織運営を好んでいるのに、会議もまた大好きだという場合はどうでしょうか? そんなことはあり得ないでしょうか?
では、このような組織を例に考えてみましょう。そこは、独自に予算を取って人も雇う、独立採算制度組織みたいなところです。しかし、その組織のトップがワンマン気質な人で、何でも独断で決めていきます。
しかし時々、思いついたように何人かの部下を呼び出します。そして、部下の都合はおかまいなしで「〇〇について会議する」と言って、自説を長々と開陳してから「要するに、〇〇はこうだよな」と結論を言って会議を終えるのです。結局、その組織のトップの自説が会議の決定ということになります。
部下からすれば「私たちの時間は何だったの?」となるでしょう。部下たちの時間を奪わない分、会議しないほうがマシかもしれません。そして、そうやって決めておきながら、翌週には自分が決めたことと反対のことを、そのリーダー自身がやり始めます。そういうことが何度もあると、会議が多い割に事実上は独断で、しかも会議で決めたことがひっくり返されています。
さらに、もし何かよくないことがあっても、トップが「みんなで決めたことだな?」と言えば、責任が曖昧になるおそれもあります。
組織の意思決定について、そもそもルール化していないところから問題が生じています。通常の組織であれば、仮に明文化されていなくても慣習的な目安がありますが、そのようなものがなければ、リーダー以外のメンバーは働きにくくなります。
それに加えて、何かあったときは自分が責任を取らされる可能性があると感じれば、仕事全体に尻込みしがちになるでしょう。
ここで例に出したような組織の運営方法では、上司のほうを向いて仕事をすることになります。このような組織で「顧客第一」を実践するのは難しいでしょう。顧客第一ができない原因は、メンバーの意識ややる気の問題だけではなく、組織運営方法にもあるのかもしれません。
上司のほうが部下にとって大事な「顧客」であるならば、そちらの意向を優先させることになります。
バイアス対策が組織を生かす
ここで見たような組織では、リーダーが独断をしつつ、会議という形を取って安心を得ようとしていました。その安心とは「一人で決めなくていい」というものです。
「リーダーは孤独」とよく言われますが、それは最終的に決断を自分でおこなわなくてはならないからです。最終的に選択するのがリーダーの仕事ですが、その際には常に心の中の仮想敵と戦っています。
いわば、自分が選択しなかった選択肢からの批判や、そちらのほうがよかったのではないかという思いです。そのような葛藤を少しでも緩和するために、人と話しておきたいのです。みんなで決めたとなると、責任が分散したように感じます。
「リーダーは孤独」という言葉の中には、リーダーは一人で責任を負わなくてはいけない、というニュアンスも入っています。それは本来のリーダーのあり方かもしれません。ただ、一人で責任を負うのは精神的に負担が大きいものです。
そこで部下と話をして、精神的負担を緩和しようとします。このようにして、精神的負担の緩和を試みるのが、独断的だが独裁になりきれないリーダーですが、それでもいったんことが起これば、避けられずに責任を負うこともあるでしょう。
部下のやる気が低下していく
『リーダーのための【最新】認知バイアスの科学 その意思決定、本当に大丈夫ですか?』(秀和システム)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプしますあるいは、責任を負うようなことがとくに起こらなくとも、日々の組織の運営に、バイアスから来るさまざまな問題がひそんでいれば、それは徐々に組織をむしばんでいくかもしれません。それは、部下のやる気が低下したり、定着率が下がったり、会議で発言しなくなったりといった形で表れてきます。だからこそ、リーダーにはバイアス対策が必要なのです。
バイアスを完全に消し去ることはできません。しかし、バイアスの効果を知り、対策を取っておけば、いざというとき傷を浅くすることも可能です。問題が徐々に大きくなりつつあるときに、途中で気づくことも可能になるでしょう。
また普段の事業において、リーダーは重大な決断の連続です。バイアスに囚われた選択をしたことで、重大なピンチに陥らないようにしなくてはなりません。
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