今月から発行された新紙幣で1万円札の顔になった渋沢栄一の考えが記された「論語と算盤(そろばん)」が昨今注目されるが、「そろばん」自体も根強い人気があるようだ。活況な教室だけでなく、タブレット端末に再現した教材も登場し、世界に広がる。昭和期の代表的な習い事だったそろばんが今、改めて評価されている理由とは。(山田雄之)

◆教室の活気が再び 空席待ちまで出ている

 「よーい、はじめ」。今月中旬の平日夕方、渋沢ゆかりの東京都北区にある高島珠算学校。スタッフの威勢の良い掛け声を合図に、小中学生たちが一斉にそろばんをはじき始めた。制限時間は7分。段を持つ生徒たちは10桁近い数字の掛け算や割り算など計30問を真剣な表情で解いていく。

そろばんをはじく生徒ら=東京都北区の高島珠算学校で

 「計算力はもちろん、限られた時間で膨大な数字を処理するのに集中力も必要」と高島優子学校長(43)。1939年に祖父が開き、2014年に父から引き継いだ。教室には現在、未就学児から50代の大人まで計220人が通い、土曜は定員枠の空きを待つ人もいる状況だという。  江戸時代に読み、書きと合わせて教育の柱とされたそろばん。1935年に小学校で必修となり、塾通いも増えた。だが70年代前半に低価格で手軽に持ち運べる電卓「カシオミニ」が大ヒットし、90年代後半からパソコンも普及。「『そろばん=計算器具』のイメージが強く、実務で使わなくなった社会と連動した」と高島さん。祖父の頃は「何百人もの生徒がいた」と聞くが、2010年ごろは120人まで落ち込んだ。

◆暗算力はもちろん、「粘り強さ」や「成長する実感」にも期待

 ではなぜ、また盛り返しているのか。小5と中2の娘を通わせる細野幸子さん(46)は「計算力や暗算力は社会で生きる上での基礎力だと思う。玉をはじく作業は単調かもしれないが粘り強さを身に付けたり、級が上がることで自分の成長を感じたりしてほしい」。高島さんは「そろばんが能力開発器具として見直されている」と歓迎する。  教育大手ベネッセコーポレーションでは22年秋からオンラインの「チャレンジスクール」で年長から小学生向けのそろばん教室を開校。同社担当者は「保護者から『通わせたいのだが近所にない』と開校を望む声が多くあった」と明かす。

デヂカが開発した「そろタッチ」=東京都千代田区で

 そろばんをタブレット端末で再現した教材「そろタッチ」をDigika(デヂカ・東京)が開発。16年からサービス提供を開始し、今月時点で世界18カ国地域の計293教室に広がる。開発した山内千佳会長(58)は「そろばんの木のぬくもりは感じられないが、頭の中で再現しやすい仕組みで暗算力を伸ばしやすい」と語る。

◆答えが簡単に見つかる時代だからこそ「そろばん」

 ベネッセ教育総合研究所と東京大の15〜23年の調査では、そろばんを習っている小学生は低学年、高学年ともに10%前後で推移。木村治生主席研究員は「運動系を除いた習い事の中で4、5番手に位置し、人気は根強い。幼少期に習った保護者が、子どもにも学ばせたいと思うケースも多いようだ。計算力や数量感覚だけでなく、集中力や達成感など副次的効果も期待できると考えられているのだろう」と分析する。  「日本そろばん資料館」(東京)の名誉学芸員で、「そろばんの先生」として小学校で出前授業を行っている谷賢治さん(86)は「インターネットや生成AI(人工知能)の登場で以前より簡単に答えが見つかるようになった。そんな時代だからこそ、自分自身で玉をはじいて答えにたどり着こうとする過程はきっと大切です」と話す。 

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