子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を確認するよう雇用主側に求める「日本版DBS」創設法が通常国会で成立し、2026年度にも施行される。子どもの性被害防止に向けた社会の取り組みを強化することが法の趣旨だが、新制度をどう運用するかは、今後定める関連法令やガイドラインに委ねられた。犯歴確認を担う事業者側は、現場の実情に即した制度設計を求めている。(坂田奈央)

民間の学童保育施設で過ごす子どもたち。職員が複数人で見守る=川崎市中原区で

 「ただいまー」。7月の平日午後、川崎市中原区の民間学童保育に小学校の授業を終えた子どもたちが次々と集まり始めた。「宿題やるー」「積み木しよう」。思い思いに動く子どもを、職員らが死角のない場所にさりげなく誘導し、目前のグループを見渡せる場所から複数人で見守る。大人と子どもが長時間で一対一にならないよう配慮しているという。

◆認定制度は「参加しやすい仕組みが必要」

 運営する東急キッズベースキャンプ(川崎市)は、子どもの性被害防止のため、独自の取り組みに力を入れてきた。年2回、現場で疑いがある行動をする人を把握する定期スクリーニングも実施する。法施行で、学童保育を運営する民間事業者も、犯歴確認が必要になる「認定制度」への参加対象となる。島根太郎社長は法整備を歓迎しつつ「認定制度に参加しようという企業がどんどん増えなければ意味がない。事業者にとって参加しやすい仕組みが必要だ」と訴える。  事業者側が懸念するのは採用面への影響だ。採用予定者の犯歴確認にある程度の時間を要する見込みで、実際の就業までに人材が他業種に流れてしまうとの不安がある。人手不足に悩む事業者も多く、認定制度への参加に二の足を踏みかねない。島根社長は、人材確保にも配慮し、確認結果を待たずに従業員の「仮採用」ができる運用を求める。

◆具体的な運用はこれから、確認対象の範囲も未定

 こうした点を含め、「日本版DBS」の具体的な運用は決まっていない点が多い。例えば、犯歴確認が義務化される学校や保育所で、教員や保育士だけでなく事務職員や送迎バスの運転手なども確認対象とするかは今後の検討となる。政府は、子どもとの関係で「支配性」「継続性」「閉鎖性」を満たす業務かどうかを基準にするとしている。  対象事業者は、子どもへの性暴力が行われる「おそれ」がないかどうか、早期に把握するための措置を講じると規定されたが、具体的な内容は曖昧なままだ。

◆確認対象者は学校関係だけで230万人

 新たに発生する膨大な業務に政府がどう対応するかも課題だ。こども家庭庁には今後、事業者の認定業務と犯歴照会の2つの業務が加わる。同庁によると、犯歴の要確認対象者は学校設置者等で少なくとも230万人。認定制の対象学習塾が約40万人、放課後児童クラブが約20万人、認可外保育施設が約10万人となる。  政府は、法施行後の3年間で対象施設の従事者の犯歴確認を行うとしている。国会審議で、加藤鮎子こども政策担当相は「システム構築や業務委託の範囲、監督のあり方を検討する」と述べたが、外部への委託が難しい業務も多く、相応の体制づくりは急務だ。

 「日本版DBS」創設法 6月19日の参院本会議で全会一致により可決・成立。英国の政府系機関「前歴開示・前歴者就業制限機構」をモデルに、子どもを性被害から守るための新制度を設ける。性犯罪歴がある人は刑終了から最長20年採用されないなど事実上の就業制限になることから、「裁判所が事実認定した前科を確認の対象にする」(政府)として、不起訴事案や行政処分は含めていない。国会は、対象事業者の拡大、加害者の治療的支援強化、など19項目に上る「付帯決議」を採択した。

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◆「認定制度、詳細次第で参加したい」、学童保育施設の事業者に聞く

 子どもに接する仕事をする人の性犯罪歴確認を求める「日本版DBS」創設法が6月に成立した。認定制度の対象となり、大きな影響を受ける事業者はどう受け止めているのか。学童保育施設を東京と神奈川で展開する東急キッズベースキャンプ(川崎市)の島根太郎社長に話を聞いた。(坂田奈央)

「日本版DBS」の創設について語る東急キッズベースキャンプの島根太郎社長

 —「日本版DBS」の創設をどう受け止めたか。  「こういった法案が議論の俎上(そじょう)に載った時点で驚いた。もちろん世界では、子どもを守るために性犯罪者の履歴を誰でも見られるようにしている国や州があることは創業当時から知っていたが、日本は加害者側の人権も非常に重視する国なのでこうした法律ができることは多分難しいだろうと思っていた。子どもの人権を保護していく仕組みは社内で作っていくしかないなと考えてきた」  —認定制度には参加するか。  「運用の詳細次第だが、参加したいと思っている。現時点で一番懸念しているのは採用に関する点。性犯罪歴確認をする手続きに随分時間がかかりそうで、仮にひと月ぐらいかかったとすると、一般的に他の会社と見比べている方たちは、他の業界も含めて別の企業に行ってしまう可能性がある。特にアルバイトの採用で待ってもらうのはまず難しいだろう」

◆犯歴確認するまで「仮採用というかたちでも」

 —どういった対応を求めたいか。  「確認するまでの期間も仮採用というかたちで働いてもらい、もし性犯罪歴が確認されたら採用を取り消すという仕組みが必要だ。義務化の対象が限られているだけに、参加しようという企業さんがどんどん増えていかないとあまり意味がない。参加しやすい仕組みにしていく必要があると思う」  —利用者側からは、義務化の対象事業者を広くしてほしいとの声が目立つ。  「今回は第一歩なので非常に慎重に議論をされた印象がある。対象の犯歴や照会期間も含めてかなり狭いと私も思っている。性犯罪歴のある人が管理の緩いところに流れていく恐れはあると思う」

◆適性検査で傾向を把握、研修でNG行動を徹底指導

 —認定された事業者に対して「子どもへの性暴力が行われるおそれがないかどうかを早期に把握するための防止措置を講じる」という規定がある。経験を踏まえて具体的に何をすべきだと考えるか。  「全ての事業者で統一してできることとできないことがあると思うが、当社の場合は、10年くらい前から正社員の採用前に小児性愛の傾向がわかる適性検査を取り入れている。そこで少しでも傾向が出た場合には採用を絶対にしないというポリシーを持っている。また非常勤のスタッフも含めて、社内ルールや就業規則に基づいて、具体的なこういう行動をしてはいけないということを、初日の研修から徹底的に指導している」  —社内ルールとは具体的にどういったものか。

東急キッズベースキャンプの島根太郎社長

 「『クレド(信条)カード』というものを全員に配布している。『子どもの命と人権を守る』ということを最優先課題にし、『仲間を信頼する』『チームで保育をする』ということを規定した上で『相互けん制する』、つまり『逆に仲間のことを疑いましょう』ということを盛り込んだ。疑いの目をちゃんと持って、疑いのある行動をする人を見逃さないようにして、子どもを守っていこうと。年に2回、定期的なスクリーニングを社内でやっていて、そこで、行動や言動に少しおかしいところがあるという場合は本部に報告をあげる仕組みを作り、指導している」

◆何がOKで何がダメ、マニュアルでしっかり

 —具体的な行動に関するルールもあるか。  「これにひもづいた具体的なマニュアルもある。例えばスマートフォンを持ち込まないなど、どういうことがOKで、どういうことが駄目なのかを示している。未就学児だとだっこなども必要だが、小学生の発達段階では、自立に向かっていくので、身体接触をできるだけ避けた遊びをしている。常に女児を膝乗りさせるといった行動は、NGなのですぐに指導が入る」  —ルールを徹底している。  「子どもの人権侵害、特に性加害に及ぶものというのは、職員がやってしまうとその会社はつぶれてもおかしくはないぐらいの大きなダメージになる。だからこそ創業の時点でこれはもう厳しくやっていこうと決めていた。ただ小児性愛者が紛れ込んでいるリスクはあり、就業規則などで懲戒にあたるものが何かをしっかりと明記し、仮に問題が発生した際には、子どもと接する職場から円滑に退場いただけるようにしている」 

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