セバスチャン・スタン(右)が若き日のトランプを演じる映画『アプレンティス』 TAILORED FILMS LTD.ーSLATE

<トランプがいかにトランプになったかを描く、アリ・アッバシ監督作『アプレンティス』。カンヌでプレミア上映され、トランプ陣営が公開中止を勧告した本作は、一体どんな作品か>

ドナルド・トランプほど伝記映画が似合わない人物がいるだろうか。

伝記映画には暗黙の約束がある。それは、歴史という顕微鏡では見えない何かを、事実をフィクションというフィルターに通さなければ明らかにできない何かを、表現するということだ。

5月にカンヌ国際映画祭でプレミア上映された『アプレンティス』は、ニューヨークで冷酷な権力ブローカーのロイ・コーンに師事したトランプが、いかにしてトランプになったかを描いている。監督はイラン系デンマーク人のアリ・アッバシ。ジャーナリストのガブリエル・シャーマンが脚本を手がけた。

しかし致命的なことに、この伝記映画はコーンとトランプの心の中について、私たちが知らないことを何も教えてくれない。

トランプを批判していないという意味ではない。むしろ、これほどこびない描き方は想像できないくらいだ。

セバスチャン・スタンが演じるトランプは、ヘアスプレーをたっぷりかけ、カラースプレーで日焼けした肌を作った中身は空っぽの男。怪物的な自尊心だけが取りえの、うつろな目をした誇大妄想狂だ。

アウターボロー(ニューヨークのマンハッタン以外の行政区)の地主の息子が、1980年代の過激なマンハッタンで不動産王に成り上がる。業者をこき使い、アンフェタミンを頰張って、最初の妻イバナに女性の解剖学的構造を勉強しろとほのめかされて口論になりレイプする。

初期の映画評では、あえてレイプシーンとは呼ばないものもあった。しかし、妻を床に投げ飛ばし、下着を剝ぎ取って力ずくで性交する場面を、ほかにどう解釈すればいいのだろうか。

レイプシーンの後に、とびきり素晴らしい場面

もっとも、トランプが90年代に女性ジャーナリストに性的暴行をしたと認定した民事裁判を信用している人々に、物語の中の新たな事例は必要ないだろう。

そして、そのような判決も報道も認めようとせず、トランプ自身が認めていることさえも否定し無視している人々は、そもそも『アプレンティス』を見ないだろうし、その内容に考えを覆されることもないだろう。

トランプは以前から、レイプされたという元妻の訴えを否定している(イバナ自身も後に「メリットがない」と撤回した)。今年5月末にはトランプの弁護士が『アプレンティス』の製作陣に対し、アメリカでの公開を中止するように勧告書を送付した。

事の真偽はともかく、このシーンはトランプが周囲に見られたい姿を描いているのだろう。自分が何を欲しいのかを分かっていて、躊躇も謝罪もなくそれを手に入れる男だ。

不倫の口止め料を発端に米大統領経験者として史上初の有罪評決を受けたトランプ(写真は最終弁論を前に) ANDREW KELLYーPOOLーUSA TODAY NETWORKーREUTERS

このレイプシーンの後に、とびきり素晴らしい場面がある(そんなシーンは全体で数えるほどしかないが)。トランプが妻に覆いかぶさっている場面から唐突に、80年代を「トランプの時代」と宣言するテレビニュースの映像を重ねた画面に切り替わるのだ。

トランプを残酷に描くが、私たちは既に知っている

シャーマンの描写が最も鋭いのは、トランプの台頭がニュースメディアによって可能になっただけでなく、ほぼ完全にメディアによってつくり出されたことを示す部分だ。

壮大な不動産開発が実を結ばなかったらどうするのかとテレビリポーターに聞かれて、トランプは大統領選に出馬するかもしれないと答えた。すぐにジョークだと混ぜ返したが、テレビとして「おいしい」返答に、女性リポーターは喜びを隠そうとしない。

一方で、コーンは少なくともトランプより複雑な人物だ。検察官として「赤狩り」の先頭に立ち、政財界に通じる大物弁護士でもあり、レーガン政権など共和党に深く食い込んでいた。そして、自分が同性愛者であることを決して公に認めなかった。

『アプレンティス』でジェレミー・ストロングが演じるコーンは、冒頭から没落を予感させる。エイズで衰弱したコーンは仲間からも見放され、弁護士資格を失い、表舞台から姿を消す。

ただし、こうした大ざっぱな描き方は、お涙頂戴にしか見えない。トランプが自分に全てを教えてくれた男を見捨て、忠実な仲間も用済みになれば切り捨てるという残酷さを見せられても、彼が現実の世界でいつもやっていることだと私たちは知っている。

トランプが心の底から激怒しそうな、最も破壊的なシーン

アッバシはプレミア上映後のインタビューで、トランプのために個人的に上映会を開いてもいいと語り、「彼がこの映画を嫌いになるとは必ずしも思わない」と言った。

一方でトランプの広報担当者は、「ディスカウント店の閉店セールでDVDのバーゲンコーナーに置く価値すらない」と述べた。

トランプは何十年もの間、人々の注意を引き付ける能力ほど強力なものはないことを知っている。今回もトランプからの最も効果的な攻撃は、批判するために見る価値さえない映画だと示唆することだ。『アプレンティス』の存在自体が彼の虚栄心をあおり、彼の伝説に磨きをかける。

実際、最も破壊的なシーンは、裏切りや脱法行為、性的暴行に関するものではない。コーンの葬儀の場面に、トランプが脂肪吸引と、後退した生え際を隠すための手術を受ける映像が挿入される。

そこにいるのは業界の巨人でも、権力者でも、未来の世界のリーダーでもない。腹が出て髪が薄くなった、ただの中年男だ。この場面に対して訴訟を起こすことはできないが、トランプは心の底から激怒するだろう。

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【映像】カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、話題を呼んだ

The Hollywood Reporter-YouTube


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