岸田文雄首相(右)のX(旧ツイッター)に投稿されたバイデン米大統領との写真

岸田文雄首相は13日午前(日本時間14日未明)、一連の米国訪問日程を終え、政府専用機で帰国の途についた。国内では自民党派閥の政治資金パーティー収入不記載事件などに苦しむ首相だが、米国では、バイデン米大統領との個人的な信頼関係を強化したほか、安倍晋三元首相以来9年ぶりとなった米連邦議会上下両院合同会議の演説では約15回のスタンディングオベーションを受けた。異例の厚遇となった訪米の舞台裏を探った。(永原慎吾)

「どこでも触って」

「フミオ、一緒にセルフィー(自撮り)をとろう!」

9日午後(同10日午前)、米ワシントンのホワイトハウスを出発した大統領専用車「ビースト」の車内でバイデン氏は隣に座った首相を誘った。日本政府関係者によると、ビーストに海外首脳を乗せること自体が極めて異例。珍しげに車内を見回す首相にバイデン氏は「どこでも触ってくれ」となごませたという。

大統領専用車「ビースト」=2022年5月22日、東京都港区

このとき、首相は別の車にジル夫人と同乗した裕子夫人とともに、大統領夫妻がセットした夕食会場に向かう途中だった。翌日にホワイトハウスでの公式晩餐(ばんさん)会を控えており、「2日連続でホワイトハウスで夕食をとるのも味気ない。大好きな首相と裕子夫人を私たちの特別な場所に招待したい」というジル夫人の配慮だった。

首相は直前まで行き先を知らされておらず、到着したのはバイデン氏行きつけのシーフードレストラン。バイデン氏が2020年の大統領選に出馬することをジル夫人に告白した店だった。

くつろいだ雰囲気で首相と食事をとりたいとの思いからバイデン氏はあえて個室を予約しておらず、4人は大部屋のテーブル席に着席した。大統領夫妻と首相夫妻の来店を知らされていなかった店内の客からは驚きの声と拍手が上がったという。首相夫妻とジル夫人はシャンパン、酒を飲まないバイデン氏はコーラをそれぞれグラスに注ぎ、乾杯した。

強めのニューヨークなまり

今回の訪米で首相が心を砕いたのが上下両院合同会議での演説だった。米国では演説やあいさつにウイット(機知)に飛んだジョークを織り交ぜることがマナーとされる。

米連邦議会で演説する岸田首相(右手前)=11日、ワシントン(ゲッティ=共同)

昨年4月に訪米した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が演説で人気音楽グループの「BTS」が自身より先にホワイトハウスを訪れていたことを踏まえ、「議会訪問は私の方が先だ」とジョークを飛ばし、大うけしたこともあって、日本政府関係者は頭を悩ませた。

そんな中、首相が着目したのが自身のルーツだった。首相は少年時代をニューヨークで過ごし、英語の発音にも定評がある。演説では当時の経験を紹介するだけでなく、「ヤンキース」や1960年代の米国の人気アニメ「フリントストーン」の名せりふ「ヤバダバドゥー」を強めのニューヨークなまりで話すなど工夫をこらした。首相の狙いはあたり、議場からは笑い声や拍手が上がった。

習国家主席との電話会談

もちろん厚遇の背景には、首脳間の個人的な信頼関係だけでなく、首相が進めてきた外交・安全保障政策を米側が評価していることがある。

首相周辺は「岸田政権が防衛力の抜本的強化や反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を決め、ロシアのウクライナ侵略を受けて対露政策を転換したことが大きい」と明かす。

首相は10日午前(同10日深夜)のバイデン氏との首脳会談で、安全保障や先端技術などの分野で日米が連携を強化することを確認した。

中国の習近平国家主席(共同)

覇権主義的動きを強める中国についても意見をかわした。バイデン氏は今月2日に行った習近平国家主席との電話会談の様子なども明かし、「こういう議論は何時間でもできるが、ランチも食べないといけない」と締めくくったという。

帰国前の12日夜(同13日午前)、ノースカロライナ州のホテルで記者団の取材に応じた首相は、「日米がいかなる未来を次の世代に残すとしているのか、そのためにいかなる努力をしていくのか、こうしたメッセージを米議会、米国民、さらには世界に向けて伝えることができた」と語り、訪米の手応えをにじませた。

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