日本武道館で開かれた東大の入学式。出席した学生たちの生の声からは、東大生の最近の傾向も読み取れた(記者撮影)

予想よりも開花が遅れた桜が満開を通り越し、少し若葉をまとい始めた4月12日の朝。東京・九段下の坂道は、真新しいスーツとネクタイに身を包んだ大勢の若者でごった返していた。

拡声器で交通誘導を呼びかける大きな声がとどろく中、若者たちは、仲間や家族と笑顔で語らい合い、記念写真を撮りながら、皇居外苑にある田安門をくぐっていく。たどり着いたのは、北の丸公園にある日本武道館だ。

1万人以上の来場者を収容できる巨大ホールでこの日開かれたのは、日本の最高学府の頂点である東京大学の入学式だった。

藤井総長が課した「最初の宿題」

午前10時半過ぎに始まった入学式では、藤井輝夫総長らが式辞を述べたほか、JAXAの宇宙飛行士候補者で医学部OBの米田あゆさんらが後輩たちに祝辞を贈った。新入生約2930人と、その家族など約5310人が出席した入学式は、正午頃に終了した。

例年注目を集める式辞で、藤井総長は何を語ったのか。大きなテーマとなったのが、公正な社会の実現に向けた「差別」の解消だ。藤井総長は、物事を多次元的にとらえる姿勢の大切さを取り上げ、社会の複雑性や、固定観念や先入観に基づく考えに陥る人間の「認知バイアス」を認識する重要性を指摘した。

そのうえで、特定の属性を持つ人が等しい機会を得られずに排除され、通常よりも努力せざるをえない「構造的差別」の問題に言及。たとえ社会的・文化的には多数派でも、障害の有無、貧しさ、エスニシティ、性的指向・性自認といった面では少数派でありうることを指摘し、こう述べた。

「皆さんが構造的差別のいまどこに位置しているのかを知ることは、それぞれにとって、『最初の宿題』かもしれない。構造を知る者は、同時に、その構造を変える力を持つ。ぜひ、現在の社会構造をみんなで望ましい方向に変えていくにあたって、自らが持ちうる力を探っていただきたい」

藤井総長が、新入生に課した「最初の宿題」。これは、多くの東大生が育ってきた環境を念頭の1つに置いた発言かもしれない。近年、家庭環境で人生が左右される状況を意味する「親ガチャ」という言葉が流行語になり、東大合格と、世帯収入や出身地域との相関性を指摘する議論もよく見かけるようになった。

なぜ東大に入れたのか、自らが置かれてきた環境と役割を見つめ直し、持てる力を社会に役立ててほしい――。藤井総長の洗練された言葉は、そうしたメッセージを感じさせるものだった。

理科一類の男子学生は式の後、「すごく心に響く言葉が多かった。今後の学生生活でどういうところを目指していけばいいか、少し考えさせられた感じがしている」と感想を話した。

女子学生の割合は昨年から低下

「構造的差別」の例として、藤井総長が具体的に挙げたのが、女子学生の割合だ。

東大は2021年に示した基本方針の中で、女子学生の比率を3割まで高めていく目標を掲げている。だが、今年の入学生3126人のうち女子学生は646人で20.7%にとどまり、昨年の22.6%から逆に低下する結果となった。

先の男子学生は「僕のクラスは女子が1人もおらず、残念ながら、理系では男女の差はとくに激しい」と明かす。一方、文科三類の女子学生は「個人的には、他大学が女性枠を設ける中で、女性枠がない東大のほうが自分の実力で入れた感じがして好きだ。ただ、そもそも受ける女性の人数が少ない。東大に限らず、日本全体で女性が上を目指す意識が低い雰囲気を感じる」と話した。

性差の問題については、入学生総代を務めた文科三類の山際美愛さんも宣誓の中で言及している。

「女性だから男性だからという二元論を毎日のように耳にする。私自身振り返ると、何か決断する時に自分の性別を言い訳にしているときがある。生まれ持った性別にかかわらず、個人個人が社会で輝くには、私たち1人ひとりが自覚なく持っている偏見をなくそうと努力する必要があるのではないか」

入学を祝福された東大生らはそもそも、なぜ東大を目指したのか。先の文科三類の女子学生にたずねると、「進学校に通っていたので、やるなら1番上を目指したかった」と一言。将来については「国際関係を勉強してみたいが、イメージがあまり固まっていないからこそ、東大にした」という。

「やりたいことが決まってないからこそ、東大を選んだ」というフレーズは、この女子学生に限らず、この日に記者が話を聞いた多くの新入生から聞かれた。

東大の教育課程は、1~2年生の「前期課程」と、3~4年生の「後期課程」に分かれており、後期から専門学部に配属される「進学選択」の仕組みが特徴だ。東大生といえども、入学した段階で将来の明確なビジョンを持つ学生は少なく、入学後に進路を決められる点に魅力を感じたとの声が多かった。

入学式では、真船文隆・教養学部長が式辞で、過去に学生たちを集めて「未来の自分の姿」を語ってもらったエピソードを紹介し、「感じたのは、(入学直後の学生は)自分の将来を具体的に語るのに必要なボキャブラリーが不足しているということだ。前期課程を、『自分の夢を語るボキャブラリーを育む時間』にしていただきたい」と、新入生に語りかける場面もあった。

データが示す入学動機の変化

夢を見つけるのは、入学後でいい――。新入生から感じられた意識は、データでも裏付けられる。

東大が2021年度に実施した「学生生活実態調査」では、入学動機について「入学後に学部の選択が可能だから」との回答が48.6%と最多で、次の「社会的評価が高いから」の42.1%を大きく上回った。

この調査からは、興味深い経年変化も読み取れる。2014年時点では52.1%と最も多かった「社会的評価が高いから」という動機が、大きく低下傾向にあることだ。同様に、「将来の就職を考えて」との回答は減少傾向にある一方、「スタッフ、設備が優れているから」は大きく増えた。

一連のデータからは、社会的評価や就職上の有利さといった「東大ブランド」=「名」へのこだわりが薄くなる反面、東大に行くことで幅広い選択肢や充実した研究環境を得られるという、「実」が重視されるトレンドがみられる。

キャリアの多様化や流動化が進む中、東大に入っただけでは安泰とは言えず、東大生も早い段階で将来を見定めることが難しくなっているのかもしれない。

こうした多様化の流れを象徴するのが、東大生の“官僚離れ”だろう。

人事院によると、2023年度の東大生の国家公務員総合職(キャリア)試験合格者は367人で、500人を超えていた10年前と比べ、約3割減少。記者が話を聞いた十数人の新入生のうち、官僚に興味を持っていると話した学生も1人にとどまった。

入学式では、東京大学校友会の宗岡正二会長(元新日鉄住金会長)が祝辞を述べる中で、「政治に関心を持つこと」の重要性に触れていた。「国の政治や政治家のレベルは、その国の国民の知性や倫理観が反映されると言われている。政治から逃避し、批判だけすることは許されない。これから皆さんには、当事者として関心を持ち、民主主義の力強い担い手となることを期待したい」。

ただ、宗岡氏が語った期待とは裏腹に、政治に関心を持つ学生は、少ない印象を受けた。

理科二類の男子学生は「政治は僕も含め興味がない人がほとんど。熱量を持って語る人をみると、引いてしまう」と語った。文科二類の男子学生も、「正直、政治は『わからない』の一言」と戸惑いを見せた。

政策以前に、政治への関心が薄れていれば、官僚離れが進むのは自然な流れだろう。

将来の道はベンチャーや起業も選択肢に

最近の東大生の就職先としては、官僚に代わる形で、外資系のコンサルや投資銀行を志望する学生が多いとされる。将来を強く意識する上級生の見方はどうか。学部生の入学式の後、大学院向けの式に出席するために入れ替わるように現れた院生たちに、最近の実情をたずねた。

理系の男子院生は、「就職先として最も人気なのはコンサルだ。1番の理由は給料の高さ。官僚は激務の割に薄給なので人気はない。同じぐらいの仕事量でコンサルだともっとお金がもらえる。入学時は官僚を目指す人も多いが、みんな流されるようにコンサルに変わっていく」と明かす。

一方で、別の理系の男子院生は「コンサルは人気過剰になり、成熟期に入ってきているとも感じる」と説明する。「いきなりベンチャーに入ったり、起業したりといったケースもあり、これからは小規模でも株を持ちながら、経営に携われる仕事に次の波が来るのではないか」(同)。

この学生は、海外での就職か、外資系の投資銀行やコンサルを考えている一方、将来的には起業も選択肢に入れているという。

新興企業育成に力を入れる政府は、スタートアップへの投資額を2027年度に10兆円規模に拡大する目標を掲げ、東大でもAI(人工知能)分野などを中心に起業が目立つ。時代の流れに敏感な東大生からは、将来の道を決めるうえで、複線化が進む日本社会の行く末を冷静に見極めようとする姿勢も感じた。

社会が多様化し、選択肢が広がる中で、日本を代表する新入生の秀才たちは、これからどんな道を進むのか。変化に揺れる東大生の意識の一端も感じさせられた、春の日の晴れ舞台だった。

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