「安い!」の裏側に隠されたコストとは(写真:PanKR/PIXTA)「安い」と思って買ってみたところ、あとからオプションを加えると実は割高だったという経験は多くの人がしていることだろう。売る側はサービス料や手数料といった目に見えないコストを隠しているから、結果としてリテラシーが低い人はだまされる。安さの裏に潜むカラクリである。世界的な心理学者でイグ・ノーベル賞も受賞した著者のダニエル・シモンズ、クリストファー・チャブリス両氏は、決して安くはない商品を押しつけようとする売り手を撃退する方法を最新刊『全員“カモ”』で明らかにしている。その方法とは――。

トータルでは得ではない格安プリンター

日々の生活は、私たちの判断や態度にいつのまにか影響を与える要素であふれている。そのわかりやすい例がプリンターだ。

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以前は高価だったが、今は非常に安く、メーカーがただ同然で消費者に配っているようにすら思えることもある。しかし、近年の設定価格は、プリンターの耐用年数中に消費するトナーやインクの総費用を考えるとそれほど得ともいえない。

格安のレーザー・プリンターの場合、新品のトナーカートリッジ一式(ブラック、シアン、イエロー、マゼンタ)の値段はプリンターの本体価格の2倍もするが、2000ぺージも印刷すればインクがなくなってしまう。

プリンターの販売会社は、総保有コストを知っているが、それを目立たせようとはしない。インクやトナーの長期費用は、経済学者のザビエル・ギャベックスとデイヴィッド・レイブソンが「ヴェールに隠された属性」と呼ぶものである。購入判断に対する決定的な情報だが、消費者には見えないようになっている。

ヴェールに隠された属性のなかには「手数料」や「サービス料」といったわかりやすい追加料金もある。これらの属性が目に見える形で提示されていても、消費者は追加的な費用を支払う傾向がある。

総コストで見ると、安いどころか割高

ヴェールに隠された属性を明らかにして商品の真のコストを知るのが難しい場合がある。プリンターの場合、小売販売員が1枚当たりの価格や、プリンターの耐用年数中に購入者が費やす総額を把握していない可能性がある。銀行や投資信託の手数料も同様だ。政府は開示を義務づけているが、企業の窓口担当者は、顧客に料金体系を説明できるほど理解していないこともある。

だまされないようにするには、隠されたコストを明らかにすることが重要になる。必要な情報が入手できても、直感的に理解するのが難しいものもある。たとえば、マイホーム購入にかかる総コストだ。マイホームも、プリンターと同じく本体の価格で提示されるため、購入者はそれ以外のコスト(契約手数料や住宅ローン、税金、維持管理費、保険料など)を自分で見積もらなくてはいけない。

つまり、ヴェールに隠された属性がどこに潜んでいるのかをくまなく探す努力をしなければならない。とはいえ、存在しないふりをするよりはいい。あいにく、収入、学歴、金融リテラシー、数学能力が低い人々は、隠された属性に加えて、他の搾取的なマーケティング活動にもとりわけ弱い傾向がある。

幸いにも、彼らは「ブースト〔人々の意思決定能力を育んで態度を変化させるアプローチ〕」や「ナッジ〔望ましい行動を取れるよう環境条件を整えて人々を後押しするアプローチ〕」などを用いて人々の選択をよい方向に導こうとする善意の取り組みから大きな恩恵を受けることもできる。

たとえば、経済的にもっとも正しい選択肢を選ぶ確率を高めるために、その選択肢をデフォルトで選択させておくといった方法を用いることで、こうした人々が適切な意思決定をするのを後押しできる。しかし、多くの人はそうした手助けが必要だと思っていない。

ある調査によると、何かを決めるときに、「いいアドバイスを与えられれば正しく判断できる」と予測した人は65%だった。一方、「悪いアドバイスを与えられても正しく判断できる」と考えた人は64%と、ほぼ同じであった。

消費者は損得計算をするのが実は苦手

プリンターのように形のある商品は、本当のコストを覆い隠すのに適している。銀行口座、クレジットカード、住宅ローン、市場で広く販売されている投資商品などもそうで、通常、隠れた料金やペナルティなどが含まれる。

だが、どの支出にも売り手が買い手に考慮してほしくない属性がある。「機会費用」だ。経済学は機会費用を「あるものを選択することで失うことになる、次善の選択をした場合に得られる利益」と定義している。お金以外にも限られた資源、特に時間が当てはまる。

たとえば、大学に4年間通うと決めた人は、その間は、給料を稼ぐなどの別のことをしない選択をしている。標準的経済学では、顧客は機会費用を十分に承知していると仮定する。同じ価格でも、商品Bではなく商品Aにお金を使うと決めたということは、その人がBよりもAが気に入っていることになる。

ある人が大学に行くと決めたのは、行かなかった場合に4年間で得られた給料や経験よりも教育を重視したか、あるいは長い目で見ればそれ以上の稼ぎが見込めると考えたからだ。標準的経済学では、人は相対コストや相対的な費用と利益を独自の価値観にもとづいて比較検討し、最大のリターンが得られる選択肢を選ぶとされる。

ところが、意思決定科学者のシェーン・フレデリックと同僚の研究によって、消費者は実際には機会費用を考慮しない場合が多いことが判明した。

ある実験では、大学生にスクラッチ式宝くじで1000ドルが当たり、新しいステレオセットを買うことを想定させた。被験者は、700ドルのセットか、アンプとCDチェンジャーの性能が上回るよく似た1000ドルのセットのどちらかを選べる。無作為に選んだ参加者の一部には、別の情報を伝えた。安いほうを買えばおつりの300ドルはもらえるという事実だ。

事実を知らされた被験者の86%が安いセットを購入した。事実を知らされなかった被験者の70%も安いほうのセットを購入した。事実を知らされずに高いステレオを買った被験者は、機会費用を十分考慮しなかったことになる。

チェスの名人はこうして最善手を打つ

何かを判断するときには「効率」にとらわれすぎず、質問する機会を探るべきだ。いい質問をするには、相手の返答を注意深く聴いて、あいまいで回避的な情報をもって確認できたと解釈しないよう気をつけなければいけない。

だが、どんな質問をしたらいいかがわからないかもしれない。一番役に立つ質問は、その状況に合っていて、今まで知らなかった隠し扉のありかを教えてくれるような質問だ。

以前、チェスのグランドマスターであるジェイコブ・アーガードが主催するチェス・プレイヤー向けの合宿に参加したことがある。アーガードは参加者に、自分の番が来たら、次の3つの質問をするよう伝授する。

「最悪な場所に置かれた駒はどれか」

「弱点はどこにあるか」

「相手は今、何を考えているか」

この質問をすると、最善の手がぐっと見つけやすくなる。私たちも同じように、重要な状況で用いるべき、質問のリストを用意しておくべきだ。

何かが足りないような気がするが、それが何かわからないときや、もっと情報が欲しいが、具体的な懸念事項が浮かばないときは、次のような質問を頼りにしよう。

①「ほかにお話しいただけることはありませんか?」

②「どんな情報があれば考えが変わりますか?」

③「もっといい選択肢はどれですか?」

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