昨年5月以降、東京新聞が報じてきた校庭の「放置くぎ問題」。報道後、安全なくぎの打ち方を徹底する教育委員会が出てきた一方、点検したはずなのに今年に入っても事故が起き、よく調べると大量のくぎが埋まっていた自治体もある。放置くぎ問題一つ取っても自治体ごとにバラバラな学校の安全対策。今年3月には文部科学省が初めて安全点検要領を作成したが、実効性あるものになるだろうか。(宮畑譲)

◆5m間隔で埋め込んだ目印を使うように

 神戸市の中心地・三宮から阪急電車で1駅の場所にある同市立春日野小。校舎の建て替えにともない、現在、隣接する公園を校庭代わりに使用している。その地面には、緑の目印が5メートル間隔で並んでいる。

神戸市立春日野小が使う公園のグラウンドに打ち込まれた目印

 この緑の目印を使い、体育や運動会など用途に応じて白線を引く。どの目印を使って線を引くのかあらかじめ決めているため、くぎを打ったり抜いたりする必要はない。神戸市教委の通知もあり、打ち込んだ目印には放置しても土に返る素材のくぎを使っている。  小学校の校庭は多目的に使われる。バスケやサッカーなど体育の球技だけでもいろんな種目がある。目印の使い方を考えるのは大変な作業に思われるが、同校の岸上貴志教頭は「多少、手間がかかってもせなあかんこと。それに一度使い方を決めてしまえば、今後はその通りにやればいい。くぎの抜き忘れもなく安心で、教員としては精神的にも楽になるだろう」と話す。

◆くぎ打つ回数は必要最低限に、教員負担も減らせる

 同市教委は今年3月、8月末までに頭部分に金属を使用しているくぎなどの目印を撤去するよう市内の小中学校などに通知を出した。長期間使用する目印には、土に戻る生分解性素材のくぎなどを使い、深さ10センチ程度まで地中に埋める。短期間で撤去する場合、T字形の金属製くぎを使用してもよいが、頭を樹脂製の測量用明示板で保護する。通知は具体的な手法を示し、対策の徹底を求めている。

神戸市教委が推奨するくぎ。生分解性の素材や、頭部が樹脂製になっている。下は金属製のT字形の金属製くぎだが、頭に測量用明示板をつける

 同教委では、東京新聞の報道などを受け、安全性が高く、教員への負担が少ない校庭での目印の打ち方を検討してきた。確実に地中に埋める方法や、時間が経過しても地上に浮いてこないかを職員が「実験」。短期間使用する目印では、U字形の金属製くぎも検討したが、抜きにくい上、抜く際に力がかかって変形しやすく、2回程度で使えなくなることが分かったという。  市教委の小林洋介指導主事は「くぎを打つ数は必要最低限になって減る方向にある。結果的に教員の負担減にもなる」と話す。生分解性素材のくぎや明示板は一個数十円から数百円程度で、各学校の予算で対応できるという。

◆文科省通達の点検、自治体ごとに温度差があった

 神戸市のように対策を進める自治体がある一方、東京都品川区は今年4月、区立小中学校計23校の校庭から金属製のくぎなどが5000点以上見つかったと発表した。

東京都品川区の小中学校校庭で見つかった金属製のくぎやペグ

 区は昨年、小中全46校で目視点検をして、くぎなど17点を除去したが、今年1月、小学校で児童が校庭で膝を切るけがをした。改めて金属探知機を使って小中学校の校庭を調べたところ、大量のくぎが見つかった。昨年の時点で金属探知機を使わなかった理由について、区は「当時の判断として、地中に埋まっているものが出てくる可能性は低いと判断し、表層の確認を行った」とする。  本紙が杉並区立小学校の校庭の放置くぎによって児童が大けがを負ったのを報じたのは昨年5月。直後に文科省が全国の教委に点検するよう通達をした。多くの自治体で確認作業が行われたが、方法や対策には温度差があると言える。

◆放置くぎだけじゃない、学内にひそむ危険

 校庭の放置くぎ問題を巡り、自治体によって対応が異なる。だが、放置くぎは、学校内で気を付けるべき多くの危険の一つに過ぎない。  今年3月に文科省が初めて作成した「学校における安全点検要領」。昨年度、同省が主催した有識者会議の意見などを踏まえてつくられた。標準的な点検手法や先進的な取り組み事例などを盛り込み、約100ページの大部になった。  ホームページでは点検方法を動画で紹介。点検すべき箇所の一覧表をダウンロードし、学校ごとに修正、編集することもできる。

文部科学省が作成した安全点検方法の動画

 点検方法の解説では、教室、廊下や階段、校庭など場所ごとに分け、イラストや写真を使い丁寧に説明する。「校庭・グラウンド」では、くぎの飛び出しなどで負傷するケースがあることにも注意を促している。ただ、くぎに限らず、遊具、壁・天井、棚などの積載物、吹き抜け、プール…と項目は多岐にわたる。

◆約100ページの点検要項、現場教師が読み込めるのか

 文科省の担当者は「教員の負担軽減にもなるよう分かりやすく、効率的に点検ができるようにまとめた。先生と専門家の役割、範囲を示し、外部との連携の事例も書いた」と話す。  ただ、この内容を全国の教職員が共有できるのか、との問いには「既に担当者会議でも要領について説明した。具体的な周知方法については検討中だが、あらゆる手段、機会を使って浸透させたい。できる限りのことをしたい」との答えだった。

ネットにアップされた文部科学省作成の安全点検要領の一部。吹き出しをクリックすると詳細が見られる

 学校の安全管理に詳しい大東文化大の森浩寿教授(スポーツ法学)は「要領は全体としてよくできているが、かなりのボリュームで、現場の先生が読み込めるだろうか。学校でどう扱うのか、各教職員が内容を認識するための仕組み作りも求められる」と指摘する。

◆教員は授業の専門家であって、安全管理の専門家ではない

 文科省からは防災、危機管理など各種「マニュアル」が各教委に出されている。森氏は「それぞれに立派でも、文科省は教委を通じて『後は各学校でやってくれ』という面がある。学校現場への要求は年々、高まっているように感じるが、現場のマンパワーでこなすには無理がある。教職員が最低限やることを整理する必要がある」と強調する。  「これまで学校安全は、素人同然の教員に丸投げになってきた。今回、細かく具体的かつ網羅的に安全点検の項目が挙げられたことは大きな前進だ」。名古屋大の内田良教授(教育社会学)はこう話し、要領自体は評価する。  ただ、基本的には各学校と教員で運用するという前提が変わっていないことを問題視する。「リスクを見える化したが、今までの論法と変わっていない」とし、「くぎの問題だけでも、学校の先生だけでは、きちんと対応するのはほぼ無理だと分かった。教員はあくまで授業の専門家であって、安全管理の専門家ではない。専門的な知識を教員が学んで対応する余裕、時間はない」と訴える。

◆子どもの安全、国が向き合うべき問題では

学校内の危険は校庭だけじゃない。プールにも…

 教員の多忙はかねて言われている。2022年度に文科省が実施した、公立学校の教員勤務実態調査では、国が定める上限の月45時間を超える残業をした教員は小学校で64.5%、中学校では77.1%に上る。  「学校の安全はこれまでは教育界の中で対応してきたが、内容的にも教員の仕事量からも難しい」と述べる内田氏は、学校の安全管理に別途、人材と予算を確保すべきだと強調する。  「要領を実効性あるものにするには教員・学校以外のリソースが不可欠。制度として安全管理を担う人材を別に置くべきだ。つまり予算措置が必要になる。学校安全の水準が自治体ごとに違ってよいはずはない。この問題には国が向き合わなくてはいけない」

◆デスクメモ

  勤務時間に応じた残業代が支払われない教員の給与体系は「定額働かせ放題」と呼ばれる。文科省はこの表現に過敏で、一部報道に難癖をつけた。ただ結局、安全対策面でも現場の負担を上積みしていないか。守るべきは組織の体面ではなく、子どもの安全だと強調しておきたい。(北) 

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