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平日の朝9時台。PCを片手に筆者がコーヒーチェーンに向かうと、決まって同じ男性を見かける。60代ぐらいの定年後とおぼしき紳士で恰幅良く、肌つやもいい。

昼近くまで新聞や単行本に目を通したり、外の景色を眺めたりしているが、手持ち無沙汰のように見えなくもない。

この男性のような若々しいシニアは、地域の図書館でも多く見かける。

そのたびに勝手ながら思ってしまうのだ。現役を引退するには早すぎるのではないかと――。

定年後も働きたいシニアが増加

「高年齢者雇用安定法の改正」(2021年4月)により、事業主に対し、「70歳までの就業確保措置(努力義務)」が施行された。

法改正初年度の厚生労働省の調査によれば、実施している企業の割合は、25.6%。4社に1社が実施している状況だ。

一見、多いように思えるが、実施企業の大半はあくまで「雇用継続支援」という形をとっている。70歳まで働けるといっても、適用要件を満たした一部の社員しか会社に残れないのが実情だ。

厚労省の調査によれば、企業の約9割は、定年を「65歳以下」に設定している。つまり、大多数の人は「65歳」までにリタイアするか、その後も働き続けたい場合は、自らの力で新たなキャリアを切り開かなくてはならない。

「もう十分働いたのだから、定年後はすっぱり引退して悠々自適に暮らしたい」――。

そうした声も聞こえてきそうだが、実際、職探しをしている65歳以上のシニアは急増している。ハローワークで仕事を探す有効求職者は25万人に及び、10年間で2.2倍に増えたというデータもある(2023年、厚労省調べ)。

昨今の物価上昇により、「年金だけでは老後が不安」というのも主な動機と考えられるが、いずれにしても定年後も働き続けたいと願うシニアが増えていることは間違いない。

高齢者の労働市場で起きている“ある問題”

その一方で、ある問題が高齢者の労働市場で起きている。それは、多くのシニアが望む仕事と、現状ある高齢者向けの求人との“マッチングが進まない”という問題だ。

ニッセイ基礎研究所・ジェロントロジー推進室上席研究員の前田展弘さんは、この問題を「セカンドライフの空洞化問題」として、10年以上前から言及してきた。

ニッセイ基礎研究所・上席研究員の前田展弘さん(写真:筆者撮影)

前田さんは「キャリアという切り口で高齢者を捉えたとき、大まかに3つの層に分類できる」と解説する。

まず1つ目の「Ⅰ層」は、経営者や大学教授などのハイキャリア層や、専門の職業資格・スキルを持っているスペシャリストの層だ。

この層はこれまで培った人脈や民間の派遣会社(エグゼクティブ層のエージェント)を通じて、中小企業の顧問や社外取締役などの要職に就くことができる。

あるいは自ら起業して、新たな事業を始める人も多いだろう。つまり、定年後のセカンドキャリアに比較的スムーズに移行しやすく、社会からの支援の必要性が少ない層だ。

(画像:前田さん提供の資料をもとに東洋経済作成)

2つ目が「Ⅱ層」。定年を迎えた、いわゆる“普通”の元会社員や公務員である。この層の人たちは主に民間企業で定年まで勤め上げ、課長や部長として部署のマネジメント経験を持つ人も多い。

何か特別な専門スキルがあるというよりは、スキルや経験が広範囲にわたる「ジェネラリスト」の要素が強いと言える。

そして3つ目の「Ⅲ層」が、非正規雇用などで年金額も少なく、生計のために働かざるを得ない生活困窮者の層だ。

主にハローワークを通じて、なんとか仕事を確保し、生活を維持し続ける必要がある。

会社員時代の経験を活かしにくい

マッチング困難の問題を抱えているのは、2つ目のⅡ層シニアだ。

この層は人数的に最もボリュームが大きいにもかかわらず、そもそもⅡ層シニアを対象とした求人自体が乏しく、マッチングを支援する民間の派遣会社も少ない。

そこで、自らハローワークに出向いて求人を探す人が多いのだが、高齢者向けの求人は「軽作業、清掃、マンション・駐車場の管理、保安、送迎ドライバー」が大多数を占める。

シルバー人材センターを利用するという選択肢もあるが、就業時間の制限や会費の支払いなどさまざまな条件があり、利用を踏みとどまるケースも少なくない。近年、加入率が低迷していることも課題となっている。

業界によっては深刻な人手不足もあり、高齢者向けの求人は増えている。だが、Ⅱ層シニアの希望にマッチする仕事がほとんどない。

ここに、空洞化の問題が生じていると前田さんは指摘する。

雇用の場を生み出すのが重要

日々やることも、行くところもなく、家に閉じこもりがちになれば、体力は衰える一方。フレイル(筋力や心身の活力が低下した虚弱な状態)や認知症のリスクも高まるだろう。

そうした中、高齢者の社会参加や健康づくりにいち早く取り組んできた自治体がある。千葉県柏市だ。

同市は、高度経済成長期に東京都心のベッドタウンとして発展。地域の高齢化が急速に進む中、高齢住民の社会的孤立や孤独死への危機感を抱いていた。

そこで同市は2010年より、東京大学高齢社会総合研究機構、UR都市機構と協定を結び、「長寿社会のまちづくり」を開始。前田さんもこのプロジェクトの一員として、まちづくりの事業に携わった。

「当初は、高齢者の孤立を防ぐべく、地域にサロンや喫茶店など集まりの場を増やすべきでは、と仮説を立てていました。

しかし、実際に当事者のお話を聞いてみると、『仕事があれば明確に外出の目的が生まれる』との声が最も多かった。集まりの場よりも、雇用の場を生み出すことのほうが重要だとわかったのです。

とはいえ、現役時代のように毎日電車通勤してフルタイムで働くのは厳しい。

『地域で無理なく楽しく働ける場があればそれが一番いい』との要望が多かったことから、『生きがい就労』をコンセプトとして固め、シニアの力を“地域の課題解決”に活かそうと考えました」

「農業」や「子育て支援」で活躍の機会を

そうして立ち上がったのが、「生きがい就労創成プロジェクト」だ。地域の休耕地を利用した都市型農業事業や、子育て支援事業を地域の事業者らと立ち上げ、シニアの「生きがい就労」の場をつくった。

農作業で活躍するシニア(出所:前田展弘さん提供資料)

たとえば、農業事業においては、田植えの補助作業や野菜の栽培・出荷作業にあたってもらうほか、子育て支援事業では、学童・保育園などで子どもの見守りや遊びのサポート業務を担ってもらう。

2013年には年間で230人超の高齢者の雇用を生み出した実績がある。

実際に働き始めたシニアからは、「生活のハリができた」「以前よりも健康になった」「地域に友人がいなかったが、新たに仲間ができてよかった」との声を多く得られた。

一方、事業者からも「短時間の労力が欲しいときにシニアの就労は助かる」「高齢者に周辺業務を担ってもらえることで、本業に専念できて事業のパフォーマンスが上がった」などの評価を得られたという。

「Ⅱ層シニアの場合、マイホームとある程度の年金収入があり、無理に働く必要はないけれど、『自分が役立てることがあればサポートしてもいい』というスタンスの人が多いです。

すると、地域の介護福祉や子育て支援、農業、観光事業など、地域性・公共性のある自治体関連の仕事はフィットしやすいと言えます。

民間企業のみならず、こうして自治体でのシニア活用の動きが広がれば、空洞化の解消に一歩近づくかもしれません」

人手不足の中小企業とマッチングも

一方、Ⅱ層シニアに特化した、民間の派遣会社も出てきている。その一つが、パソナマスターズだ。

同社は、登録したシニア向けに会社員時代の経験を活かしたオフィスワークや技術職を紹介。

一方、企業向けには、定年後のセカンドキャリアに関するプログラム構築やOB人材の就労支援サービスなど、シニア人材の活躍機会の創出に努めている。

代表取締役社長の中田光佐子さんはこう話す。

「登録されるシニアは、大手企業やその関連会社に勤めていた方が中心で、経験豊富で優秀な方が多くいます。そうした方々の経験やスキルを求めているのが、慢性的な人材不足に悩む中小企業です。

人事労務や経理といった事務職をはじめ、営業職や設計・製図、機械整備といった技術職などの求人ニーズもあり、主に中小企業での活躍の場が広がっています」

パソナマスターズ・代表取締役社長の中田光佐子さん(写真:筆者撮影)

とはいえ、新たなセカンドキャリアにスムーズに移行できる人もいれば、そうでない人もいる。「自身の望む再就職先をつかみ、その後も活躍し続ける人たちは、ある共通するマインドを持っている」と中田さん。

後編では、普通のⅡ層シニアが定年後に新たなセカンドキャリアをつかむためのマインドや成功術について紹介する。

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