WBCで世界一になったお祝いとして、ファイターズの本社が贈ってくれた「芝刈り機」に乗る栗山英樹さん。北海道の栗山町に造った少年野球場「栗の樹ファーム」は天然芝のため手入れが欠かせない(撮影:塚田亮平)2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、監督として侍ジャパンを世界一へと導いた栗山英樹さん。大谷翔平選手や侍戦士たちが絶対的な信頼を寄せる栗山さんですが、高いコミュニケーション力の背景には、キャスター時代の地道な鍛錬があったといいます。栗山さんの「伝える力」の源について、書籍『信じ切る力 生き方で運をコントロールする50の心がけ』から、一部引用、再編集してお届けします。

キャスター時代に鍛えられた「伝える力」

思わぬものが、思わぬところで生きてくる。すべては今につながってくる。とにかく一人前になりたいと30歳で転身したキャスターでしたが、この報道の世界で、後の監督の仕事にも生きてくる、多くの学びを得たのでした。

初めての仕事となった『ニュースステーション』では、当時のとても優秀なディレクターから厳しい指摘を受けました。

誰かのインタビューに向かい、話を聞く。普通のキャスターなら、ここまでで仕事は終わりです。しかし、経験がなかった僕の場合は違いました。ディレクターと一緒に局に戻り、録画したビデオを見せられるのです。映像では、僕が質問し、選手が答えている。ところが、肝の質問になると、選手は答えにくくて、黙ってしまう。ディレクターは言いました。

「ここですよ。ここで栗山さんが、『あのさ、これはさ』と言葉を出してしまうでしょう。そうすると、ますます相手はしゃべりにくくなるんですよ。言葉が返ってこなくても、この間を我慢できないのは、ありえない」

ありがたい時代だったのだと思います。そんなことまで、ディレクターが手取り足取り、教えてくれたのです。振り返れば僕は、本当に愛情を持った人たちに出会えていたのだと思います。

「野球をやっていたから、出てもらっているわけじゃない」

当時の『ニュースステーション』のメインキャスターは、久米宏さんでした。誰もが知っている日本一のキャスターです。番組に出演して1年ほど経ったとき、食事に誘われたのでした。

あまり出演者と食事に行ったりしない久米さんでしたが、共演していたキャスターの小宮悦子さんを誘い、さらにはディレクターもやってきました。

久米さんは、ズバッと言いました。

「栗山くん、言ってもいいかな」

「はい」

「野球をやっていたから、出てもらっているわけじゃないんだ。プロとして、キャスターをしてもらわないといけない」

「はい」

「人間がテレビを観て、どの瞬間に集中するか、わかってる?」

僕にはわかりませんでした。

「それはね、VTRからスタジオに降りた瞬間の1秒間。それが、まったく活かせてない」

小宮さんは、「久米さん、それを今の栗山くんに言ってもわからないでしょう」と助け船を出してくれました。

テレビはみんな真剣に観ているわけではないのです。だからVTRが終わってスタジオに切り替わった瞬間は、人間が気持ちをふと持っていかれる瞬間でもあります。

たしかに久米さんは、その瞬間にエンピツでテーブルを叩いたりしていました。VTRで報道されていたことへの怒りを示すにしても、なんとなくでは伝わらない。1秒間で示せるか、なのです。

現場では、皆さんはプロとして命がけで伝えようとしていました。その本気さを、僕は強烈に学ぶことになったのでした。

こんなこともありました。日本シリーズの解説。1分間の映像について、原稿で解説していくのですが、一文字でも読み間違えると、映像の時間が足りなくなってしまうのです。それこそ「てにをは」を一つでも間違えると、入らなくなってしまう。

僕はよく言い間違いをしていました。ほとんど毎回間違えていました。

ところがあるとき、ほぼ完璧にしゃべれたことがありました。今日は完璧にできた、と思っていたら、反省会で久米さんから「いい?」と言われました。

「今日のは、いいとか、悪いとかじゃなくて、きちんとわかりやすくちゃんとしゃべっちゃうと、わかんないことがあるんだよなぁ」

「えっ?」と僕は思いました。

一緒に出ていたディレクターも、このときは後で「あれは無視していいですよ」と言いました。

でも、僕は無視できないと思いました。久米さんが何を言いたかったのかというと、言いたいことは、言葉だけで伝わるわけではない、ということです。

それこそ、野村克也さんのように、スタジオに来て映像を見て「うー」とか言っているだけで、言いたいことが伝わってしまったりする。野村さんが、そのプレーを非難していることは、テレビには伝わるのです。

実は、それこそが大事だったのです。丁寧にきれいにしゃべってしまうと、スーッと流れてしまう。観ている人たちには、何も残らない。うまくしゃべればいいわけではまったくないのです。なんという深い世界なのかと、このときに思ったのでした。

「物語」にして伝えれば、伝わる

しかし、後に監督になって、この学びが生きることになりました。何かを選手に伝えるとき、丁寧にきれいにしゃべったところで、伝わらないのです。「これはこうで、こうで、こうだよね」と言っても伝わらない。残らないのです。

僕は、物語にして伝えるようにしました。

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「あるとき、こんな人がいて、こういう人に対して、こんなことをしたことがあった。これは、こんな苦しみを生んでしまった。実は今のお前は、こんなことをしていたのではないか……」

こんなふうに物語にしてあげれば、残るのです。単に言いたいことを言っているだけでは、伝わらないのです。

考えてみたら、久米さんは野球の世界で言えば長嶋茂雄さんや王貞治さんのような、超一流のキャスターでした。その人と一緒に番組に出させてもらい、その人から直接、アドバイスをもらえたというのは、厳しく、緊張感もありましたが、本当に幸運なことだったと思います。

そして、久米さんはそこまで考えていた。だから、プロ野球の世界でも、それ以上に考えなければいけないのではないか、という気づきにもなりました。

あの駆け出しのキャスター時代、本当に多くの人に支えてもらって、今はただただ、感謝しています。

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