九州大学医学部は16日、戦時中に九州帝国大(現・九州大)で捕虜の米兵8人が実験手術で殺害された「生体解剖事件」に関し、実験手術に立ちあった産婦人科医の東野(とうの)利夫さん(2021年に95歳で死去)が残した資料約300点が遺族から寄贈された、と発表した。
世界各地で紛争が起きる中、戦時中に医療が犯した「負の歴史」の資料を保存し、今後の医学教育に生かすため、遺族の意向を受けて資料の引き取りを決めた。
この事件は1945年5~6月、旧日本軍に撃墜された米軍機B29の乗組員ら米兵8人が九州帝国大に運ばれ、臓器摘出などの実験手術の末に全員死亡した。遠藤周作の小説「海と毒薬」の題材にもなった。
当時19歳の医学生だった東野さんは、解剖学講座の雑用係として実験手術に立ちあった。薬で眠った捕虜の肺を摘出するのを目撃し、体内への輸液に用いる海水のガラス瓶を持たされた。後片付けを命じられ、血の広がる床を水で洗い流したという。
東野さんは戦後、「真相を明らかにすることが、人の命を救う医師としての責任」と取材を進めた。79年に著書「汚名 『九大生体解剖事件』の真相」(文芸春秋)にまとめた。福岡市で産婦人科医院を営みながら、語り部を務め、事件を伝える展示会も企画した。
今回、寄贈された資料は、東野さんが米国立公文書館で収集した、生体解剖に関わり戦犯となった教授らの公判記録や、生体解剖を免れて生き残った元米兵との面会の記録などという。
九大病院キャンパス内にある医学歴史館(福岡市東区)で保存し、目録を公開する予定。企画展の開催も検討している。
九大医学部は16日、「本資料は戦争と医療について考える貴重な機会を提供し、医学教育や平和教育をはじめ、広く社会に役立つ可能性を有しています。ご遺族には心から感謝します」とコメントしている。(小川裕介)
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