しばらく前から「コーポレートガバナンス」という言葉を聞くようになったと思いますが、その真意を理解している人はまだ少数かもしれません(写真:丸木氏提供)新NISAが始まり、株価はバブル期の最高値を超え、投資への関心の裾野が広がっています。しかし、世界と比べたとき日本企業は多くの課題を抱えています。例えば、過剰な内部留保、研究開発や新規事業への消極姿勢、はたまた親方日の丸からの天下りなどのガバナンス問題などなど。そんな内向きな経営者に向けて、「社長はおやめになったほうがいい」と直言し続けるのは、ストラテジックキャピタル代表の丸木強氏。国内アクティビスト(モノ言う株主)の代表格として、株式市場と企業経営の本質を喝破する言動が注目を集めています。そんな同氏が自らの投資哲学を明かした初めての著書『「モノ言う株主」の株式市場原論』より、一部抜粋・編集してお届けします。

「コーポレートガバナンス」の真意

しばらく前から、「コーポレートガバナンス」という言葉をよく聞くようになったと思います。しかし、その真意を理解している人はまだ少数かもしれません。

直訳すれば「企業統治」。それだけではわかりにくいでしょう。私は、「株式会社の目的を達成するための仕組み・規律」と理解しています。

金融庁と東京証券取引所は2015年に「コーポレートガバナンス・コード」を導入しました。ここでは「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」と定義されています。

私としては、この定義について多少の不満はありますが、コードとして定められているさまざまな原則は高く評価しています。

その内容について、ここで1つずつ説明はしませんが、日本の上場企業をあるべき姿に近づける規範を示した意義は大きいと思います。2018年の改訂では「資本コスト」の概念が導入され、2021年にはESG(環境・社会・ガバナンス)に関するコードも追加されました。

「ESG投資」という言葉があるように、もともとESGは投資家目線の概念でした。

企業が中長期的に成長を持続するには、これらの要素が不可欠というわけです。いつしか社会全体も、企業に対してこれらを期待するようになりました。時代の流れとして当然で、特に上場企業にとってはアピールの場でもあります。

ESGへの取り組みを“偽装”する企業

ところが、なかにはESGへの取り組みを“偽装”する企業も散見されます。

とりわけ多いのが環境分野で、特に配慮したわけではないのに商品パッケージや広告に自然の画像や映像を使ったり、環境に負荷をかけていることを隠すために環境保全活動を強調したり等々が典型例。これを「グリーンウォッシュ」といいます。

それだけではありません。

私の知るかぎり、実はガバナンスについても“偽装”している例は少なくないのです。「コーポレートガバナンス・コード」に準拠しているように見せながらそうではなかったり、情報開示が適切ではなかったり。私はこれを「ガバナンスウォッシュ」と呼んでいます。

その実例は非常に多くあります。

株主総会の前に株主に配布される「招集通知」によく掲載される「スキル・マトリックス」もその1つ。

株主総会では、取締役の選任決議が行われます。その判断の参考のために、候補者がそれぞれどういう「スキル」を持っているかを一覧にしたものです。項目としては「企業経営」「商品開発」「マーケティング」「財務会計」「法務」などが一般的です。

しかし私の経験からいえば、これはかなりいい加減です。

まず「企業経営」について、まるで無条件のように会長、社長はスキルを持っていることになっています。ROE(株主資本利益率)が非常に低く、PBR(株価純資産倍率)1倍を下回る株価を放置している社長が、経営にスキルがあると言われても困惑するばかりです。

なかには官庁や日銀から天下ったばかりの候補者もいて、いつの間に民間企業の経営に熟達したのかは、まったく謎です。

あるいは資本コストの計算方法もよくわかっていないのに「財務会計」が得意とか、前年に不祥事を起こしながら「コンプライアンス(法令遵守)」に強い等々の取締役が、それぞれ再任を求めていたりするわけです。

いずれにせよあまり深く考えることなく、それらしく脚色しているようにしか見えません。

もちろんこれは、企業側の問題です。しかし同時に、その姿勢を見過ごしたり見逃したりする運用会社などの株主の問題でもあります。

本来なら、こういう部分にこそ質問を投げかけたり、異議を唱えたりしなければならないはずです。適任とは言えない経営陣によって業績が低迷したり、株価が低く評価されたりして不利益を被るのは他ならぬ自分自身、ひいては自分たちの顧客である投資家だからです。

株の持ち合い「政策保有株」は一利なし

コーポレートガバナンス・コードでも指摘され、解消が求められてきたものの1つが政策保有株。お互いに政策保有株主であれば、いわゆる株の持ち合いです。以前よりずいぶん減ったことはたしかですが、今なお消えていません。

私は、日本企業のガバナンス改善の必須項目として、なお岩盤のように残っている慣行だと思っています。

あるいは、「取引先持株会」というものも現存しています。文字どおり、ある会社の複数の取引先が同社の株を毎月少しずつ無条件に買い増していく会です。

まったく時代に逆行しているようですが、取引関係がある以上、なかなか「抜ける」とは言い出しにくいのでしょう。いかにも日本的な組織だと思います。

たしかに株を持ち合っていれば、お互いに安定株主になり、株主総会で会社提案の議案には必ず賛成するし、有事には買収者から経営者を守る方向で議決権を行使してもらえるでしょう。

買収を恐れる経営者は防衛策を講ずるだけではなく、政策保有株主を増やそうとし、その見返りに自社でも取引先の株を持ち合うわけです。

しかし、そもそも株主から預かった資産を使って取引先の株を買い、取引先の取締役の地位の保全に協力していいのかという問題があります。

それに、経営者の味方として議決権を行使することに明示的または黙示的に合意している複数の政策保有株主は、その持ち株数の合計が発行済み株式数の5%以上になれば、本来なら金融商品取引法に則って「大量保有報告書」を「共同保有者」として提出しなければならないはずです。

ところが今のところ、そのような事例はありません。これは同法違反の疑いがあるのではないかというのが、私の持論です。

いわゆるウルフパック(複数の株主が協調関係にあることを隠し、一気に対象会社に攻勢をかけ、株価向上策や株主還元といった要求を実現させようとする投資戦術)が話題になるのですから、こちらの政策保有株主パックも問題にすべきでしょう。

取引先から「株式保有を強制」の問題

取引先から、株式保有を事実上強制される場合もあるようです。これなどは、独占禁止法上の不公正な取引方法である、「優越的地位の濫用」に似た行為の被害者であるともいえます。

また通常業務にも影響を及ぼしかねません。例えば、取引関係の維持を株式の持ち合いに頼るようになると、製品やサービスの質を向上させようというインセンティブが働きにくくなります。

逆に株を持ち合っていないことを理由に取引を断られたり、株を保有していることで取引という利益が得られたりすることがあるとすれば、これは株主への利益供与を禁じた会社法に抵触する可能性すらあります。

私はずっと問い続けているのですが、株式保有と取引との因果関係、つまり「株を保有していると、なぜ取引が維持でき、円滑になるのか」について合理的な説明を聞いたことがありません。

株を保有していなくても、製品やサービスの質が良ければ取引してもらえるはずですし、将来の協業をめざして業務提携もできるはずです。

だとすれば、なぜ株を持ち合うのか。安定株主として常に経営者の味方をすることを条件に取引させてもらっているという理由以外、まったく思いつかないのです。

だから我々は、投資先企業が政策保有株を持っている場合には、「すべて売却してください」と提案するのが常です。しかし、そう簡単には売れないというのが最初の反応です。やはり先方との関係が崩れ、円滑な取引ができなくなることを懸念されているようです。

これは現実にあった話ですが、政策保有株式の売却を要請した際、投資先企業の代表取締役から、「売却すると、株式発行企業との取引が縮小して売り上げが減りますよ。株主としてそれでよいのですか」と言われたことがあります。

そのとき、私はこう返しました。

「筆頭株主を脅すのですか。かまいません。株式を保有しているから取引できるというのは不健全だし、株式を持たないと取引しないなどという取引先はコンプライアンス上問題があるのだから、取引しないほうがよいです。

政策保有株式を売却するという正しいことをして売り上げが減るなら仕方がない。それより、当社が株式を保有しているからとの理由ではなく、他社より優れた製品やサービスを提供できるとの理由で、顧客から選ばれるように努力してもらいたい」

大手損保のカルテルの背景にあるもの

2023年末には、大手損害保険会社4社が企業向け保険契約時にカルテルを結んだ疑いがあるとして、公正取引委員会による立入検査を受けるという事案がありました。実はこの背景にあるのも、政策保有株だったようです。

『「モノ言う株主」の株式市場原論』(中公新書ラクレ)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

顧客企業は、契約する損保会社を選定する際、保険料などの条件よりも、その損保会社が自社の政策保有株をどれだけ多く持っているか、もしくは自社の営業にどれだけ協力してくれたか等で決める傾向があったとのこと。

そこで損保各社としては、正規の営業努力で競争するのではなく、条件を調整して顧客企業を割り振っていたらしい。

顧客企業にとっては、政策保有株を損保会社に持ってもらうことで、取引上有利どころか割高な契約を結ばされていた可能性もあるわけです。

この件に関し、金融庁は2023年12月に大手損保会社に対して業務改善命令を出し、そのなかで政策保有株の削減計画と見直し案の報告を求めることとなりました。当然の措置だと思います。その後2024年2月には、各社とも政策保有株を段階的にゼロにする方針と報じられました。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。