フローチャートを「逆」から埋める
プロジェクトプランニングで使われる基本ツールに、フローチャートがある。フローチャートは、何を、いつ行うべきかを書き込んだボックスを、時系列順に左から右へと流れるように配置した図で、右端のボックスに書かれた目的が達成されたとき、プロジェクトは完了する。
この単純な図は、計画フェーズの初期段階にも役に立つ。この図を見れば、プロジェクトそれ自体が最終目的なのではなく、目的(右端のボックス)を達成する手段であることが一目瞭然だからだ。
プロジェクトの計画立案は、まず「なぜこのプロジェクトをするのか?」を考え、右端のボックスに何が入るべきかを慎重に検討することから始まる。それを行って初めて、その左に並ぶ数々のボックス、つまり目的を実現するための最善の手段について考えることができる。
私はこれを「右から左へ考える」手法と呼んでいるが、他の分野にもいろいろな呼び名で呼ばれる、基本的に同じコンセプトがある。
たとえば都市や環境計画には、「バックキャスティング」という用語がある。トロント大学教授のジョン・B・ロビンソンが、エネルギー対策を論じるためにつくった造語だ。バックキャスティングは、予測(フォアキャスティング)とは逆に、まず未来のあるべき姿を描き、そこから逆算して、それを実現するために必要なことを考えていく。
カリフォルニア州の水需要を考えるためのバックキャスティングでは、25年後のカリフォルニアの理想像を描くことから始め、この幸福な結果を実現するために、供給や水消費量、環境保護などの面でどんな対策が必要かを考えた。
シリコンバレーはこれらの世界とはかけ離れているが、テック界にも基本的に同じ手法がある。「顧客体験から始めなくてはいけない。そこから逆算して、テクノロジーまでたどらなくては」と、スティーブ・ジョブズはアップルの1997年世界開発者会議で語った。
「テクノロジーありきで、それをどうやって売るかを考えるのは本末転倒だ。私はこの間違いを、おそらくこの会場にいる誰よりも多く犯してきた。それを証明する傷跡も残っている」。今日、「逆から進める(ワーキング・バックワーズ)」はシリコンバレーのスローガンになっている。
ジョブズはかつて「情熱」で失敗した
「右から左へ考える」ことができない最も一般的な理由は、「右」の目的を見失うからだ。スティーブ・ジョブズでさえ、顧客体験から始め、そこからテクノロジーに向かって逆算していくことの大切さを力説したあとで、この過ちを犯している。
その最も悪名高い例が、アップルのパワーマックG4キューブだ。2000年に発売されたこのコンピュータは、透明ケースの中に浮かぶ立方体で、今見てもすばらしく未来的に見える。電源ボタンさえなく、手をかざせばスイッチが入る。
いかにもクール、いかにもスティーブ・ジョブズらしい。そして、まさにそこに問題があった。
G4はアップルの顧客像と、彼らに最もふさわしいプロダクトを考えて設計されたのではなかった。G4のコストと性能、美観の組み合わせを形づくったのは、スティーブ・ジョブズの情熱だった。先鋭的ではあったが、アップルの顧客には似つかわしくなかった。G4は失敗に終わり、1年後に多額の損失を計上して、生産終了となった。
だが「逆から進める」方法も、右端のボックスに何が入るのかをしっかり考えておかないと失敗する。それをしなければ、どんなプロジェクトも計画立案の詳細と困難の嵐に翻弄され、もともと漠然としか理解していなかった目的さえもが視界から消えてしまう。するとプロジェクトは思わぬ方向に逸れ始める。
アマゾンのジェフ・ベゾスは、この危険を重々承知していた。そして、同社の経営理念の柱である「お客様へのこだわり」から逸れないために、巧妙な方法を考案した。
「最後」を「最初」に持ってくる
一般に組織では、プロジェクトが首尾よく完了し、社外に発表する準備ができると、最終ステップとして、広報部が2種類の文書を作成する。1つは、新しい製品・サービスがどんなもので、なぜ顧客に役立つのかをまとめた、ごく短いプレスリリース(PR)。もう1つは、価格や機能、その他の問題をよりくわしく説明した、「よくある質問(FAQ)」である。ベゾスがアマゾンで考案した方法は、プロジェクトの「最後」に来ることが多いこのステップを、「最初」に持ってくることだ。
アマゾンで新しいプロジェクトを売り込もうとする人は、まず短いPRとFAQを書く。PRの最初の数行で、プロジェクトの目的を打ち出さなくてはならない。その後行われるすべての作業は、このPRとFAQを起点として、逆から進められる(ワーキング・バックワーズ)。そして重要なことに、どちらの文書もわかりやすい言葉で書かなくてはならない。
「僕は『オプラ語り』と呼んでいたよ」と元アマゾン幹部で、ベゾスのために何度もPR/FAQを書いた、イアン・マカリスターが教えてくれた。「ほら、オプラ・ウィンフリー(テレビ番組の司会者)は、ゲストが何かをしゃべると、観客のほうを向いて、誰にでもわかる簡単な言葉で言い直してくれるだろう?」
平易な言葉を使うと、専門用語やスローガン、技術用語によって、欠陥を覆い隠せなくなる。思考がむき出しになる。曖昧な考えや、生煮えの考え、非論理的な考え、根拠のない考えがあぶり出される。
最初から全員の足並みがそろう
プロジェクトの売り込みは、経営陣との1時間の会議で行われる。アマゾンの会議ではパワーポイントのプレゼンテーションや、その他ビジネス界の一般的なツールが禁止されているから、PR/FAQを紙で配布し、最初に全員がそれをじっくり黙読する。それから最初の感想を出し合う。このとき、早いうちから他人の考えに影響を受けてしまわないように、立場が下の人から順に発表する。
続いて、提案者が資料を1行ずつ説明し、意見がある人は自由に発言する。「この細部に関する議論の段階が、会議の最も重要な部分だ」と、元アマゾン幹部のコリン・ブライアーとビル・カーは書いている。「厳しい質問が飛び交う。主要なアイデアと、それらを表現する方法をめぐって、丁々発止の議論がくり広げられる」
会議が終わると、提案者は出された意見を踏まえてPR/FAQを書き直し、それを再度経営陣に発表する。このときも同じプロセスがくり返される。次も。そのまた次も。何度も試行錯誤をくり返すうちに、提案はあらゆる面にわたって検証、強化されていく。また、これは関係者が最初から深く関与する参加型のプロセスなので、最終的に完成したコンセプトは、提案者からCEOまでの全員によって等しく明快に理解されている。最初から全員の足並みがそろうというわけだ。
とはいえ、どんなプロセスも完全無欠ではない。あるときジェフ・ベゾスは、「ジェスチャー操作に対応する3D機能搭載のスマートフォン」というアイデアを思いつき、これに惚れ込んだ。そしてみずからPR/FAQを共同執筆して、「アマゾン・ファイアフォン」のプロジェクトを立ち上げた。
「クールなアイデア」は無料でもいらない
当時アマゾンでデジタルメディア担当副社長を務めていたビル・カーは、2012年にファイアフォンのことを初めて知ったとき、「スマホにバッテリー消費量の多い3D対応画面をほしがる人なんているのだろうか」と疑問に思ったという。
『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。「先行者利益を信じる人が驚く『ほぼ幻』という真実」はこちらそれでも、1000人以上の社員を巻き込んで開発が進められた。ファイアフォンは2014年6月に約200ドルで発売されたが、売れ行きはかんばしくなかった。やがて半額に値引きされ、ついには無料になったが、それでも誰もほしがらなかった。
1年後、アマゾンはファイアフォンの販売を終了し、数億ドルの損失を計上した。「ファイアフォンの開発者が指摘していた通りの理由で失敗した。それがばかばかしくてね」とあるソフトウェア・エンジニアは言う。
「なぜ?」という問いかけが意味を持つのは、全員が気兼ねなく発言でき、意思決定者が聞く耳を持っているときだけだ。「多くの関係者が、ファイアフォンはうまくいくはずがないと思っていた」と、ジャーナリストでアマゾンに関する本を数冊書いているブラッド・ストーンは結論づける。「だが頑固なリーダーに議論を挑み、打ち負かすだけの気概や賢さを持つ者は1人もいなかったようだ」
右から左へ考えることが難しいのは、それが自然なことではないからだ。私たちにとって自然なのは、「見たものがすべて」と考え、目の前にあるものだけに集中することである。そして、クールなアイデアに惚れ込んでいるときや、プロジェクトの設計にのめり込んでいるとき、細部に没頭しているときはなおさら、右端のボックスは目に入らない。トラブルが始まるのはここからだ。
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