うまくいかないプロジェクトにありがちなのは、計画立案において「なぜそれをするのか」という「問い」が「答え」よりも後になり、「目的」と「手段」が混同するケースだ(写真:miyuki ogura/PIXTA)規模の大小にかかわらず、官民問わず、うまくいかないプロジェクトにありがちなのは計画立案において、「なぜそれをするのか」という「問い」が「答え」よりも後になり、「目的」と「手段」が混同するケースだ。世界中のメガプロジェクトの「成否データ」を1万件以上蓄積・研究するオックスフォード大学教授が、予算内、期限内で「頭の中のモヤ」を成果に結びつける戦略と戦術を解き明かした『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』より一部抜粋、再構成してお届けします。

「なぜそれをするのか」をまず固める

世界に誇る建築家のフランク・ゲーリーは、けっして答えから始めない。「私はタルムード(ユダヤ教の経典)を読んで育った」と、私が2021年にインタビューしたときゲーリーは語ってくれた。「タルムードは問いから始まる」。これはユダヤ教では当然のことだと彼は言う。「ユダヤ人はどんなことにも疑問を投げかけるんだ」

ゲーリーの言う「疑問を投げかける」とは、猜疑(さいぎ)や批判ではないし、ましてや攻撃や破壊でもない。学びたいという、開かれた心を持って問いかけることだ。ひとことで言えば、「探究」にあたる。

「好奇心を持つんだ」と彼は言う。「見たものがすべて」だと錯誤してしまう、人間の自然な傾向の正反対である。ゲーリーは、もっと学ぶべきことがあるはずだという前提に立ち、おかげで錯誤の罠に陥らずにすんでいる。

このスタンスで、ゲーリーはクライアントに会うと、最初にじっくり時間をかけて話し合う。といっても、雑談や社交辞令を交わすのとは違うし、ゲーリーはクライアントとの打ち合わせの際、湧き上がるビジョンを語ったりはしない。

ゲーリーがするのは、問いかけだ。好奇心だけを持って、クライアントのニーズや願望、恐れなど、彼らがゲーリーのドアを叩くきっかけとなったあらゆることを聞き出している。そしてこの会話は、単純な問いから始まる。「なぜこのプロジェクトを行うのですか?」

プロジェクトがこのようにして始まることはほとんどない。だがすべてのプロジェクトがそうあるべきだ。

フランク・ゲーリーの最も有名な建築物、まだ新進のスターだった彼を建築界の頂点に押し上げた建築物は、なんと言ってもビルバオ・グッゲンハイム美術館(以下、グッゲンハイム・ビルバオ)だろう。スペインのビルバオにある、近現代美術専門のこの美術館は、ほかに類を見ない、光り輝く壮観な建物で、中で展示されている作品と同様、それ自体が芸術作品である。

グッゲンハイム・ビルバオは当然のように、ゲーリーの想像力と才能の賜(たまもの)として称賛されている。もっとシニカルな人なら、建築家が肥大したエゴと個性をほしいままに発揮する、「スター建築家」現象の産物と片づけるかもしれない。

どちらの説明も間違っている。

目的に合わせて「アイデア」を動かす

ゲーリーは1990年代にこのプロジェクトを初めて打診されたとき、ビルバオに飛んで、スペイン北部のバスク州の政府高官と会った。プロジェクトの依頼主である州政府は、ソロモン・R・グッゲンハイム財団に資金を提供して、ビルバオ・グッゲンハイム美術館の建設と運営を任せる計画を立てていた。そしてそのために、1909年に倉庫として建設された優美な廃ビルをすでに選定していた。この建物の改築を手がけてもらえないでしょうか?

ほかの建築家なら、「いいえ、結構です」と言って立ち去るか、または「はい喜んで」と言って直ちに仕事に取りかかっただろう。ゲーリーはどちらでもなかった。彼は質問をした。まずは最も基本的な質問だ。「なぜこのプロジェクトを行うのですか?」

バスク州はかつて重工業や造船業の中心地として大いに繁栄していた。だが今やその栄華は見る影もなかった。「ビルバオはデトロイトほどひどくはないが、それに近かったね」とゲーリーは後年に語っている。「鉄鋼業が消え、海運業が消えた。とても寂れていたよ」

ビルバオは外国人が名も知らない、色あせた遠くの街で、スペインやマドリードに毎年押し寄せる、膨大な観光客の恩恵をまるで受けていなかった。グッゲンハイム美術館なら、ビルバオに観光客を呼び込み、経済を活性化できると州政府は考えた。オペラハウスがシドニーとオーストラリアに与えた恩恵を、ビルバオとバスク州にもたらしてくれる建物がほしい。なんとかしてビルバオを再び世界地図に載せ、成長を取り戻したいのだと、高官たちは訴えた。

ゲーリーは古い倉庫を見て回った。建物自体は気に入ったが、そのような目的のプロジェクトにふさわしいとは思えなかった。建物を解体して一から新しい美術館を建てることもできるが、ほかの用途に使える建物を壊してしまうのはしのびない。

ゲーリーには別のアイデアがあった。彼は川沿いの工場跡地に目をつけていた。改築のことは忘れましょう、と彼は言った。この川沿いの土地に、目を見張るような新しい美術館を建てるのです。

政府高官はこのアイデアを受け入れた。それも当然のことだった。経済活性化という野心的な目標を達成するためには、観光客を呼び込むことが欠かせない。建物を改築して、その中に新しいグッゲンハイム美術館をつくれば、理屈の上では大きな注目を集められるかもしれない。

しかしその可能性が現実にどれだけあるというのか? 改築が世界に衝撃を与え、世界中から観光客を呼び寄せたことが過去にあっただろうか? そんな例は思いつかない。だが、すばらしいロケーションに新しく建てられた斬新な建物なら、世界の熱い注目を集められるし、実際に集めている。シドニー・オペラハウスのように、膨大な観光客を引きつけている実例がある。

大変な挑戦であることに変わりはないが、それでもバスク州の望みを実現できる可能性は高いと、ゲーリーは論じた。

「達成したいこと」を最後まで見失わない

そうして完成した建物は、建築の批評家や一般人からも一様に絶賛され、グッゲンハイム・ビルバオは一躍世界の脚光を浴びた。観光客はビルバオに押し寄せ、お金を落としていった。開館後の3年間で、かつてスペインの知られざる辺境だったビルバオに400万近くもの観光客が詰めかけ、経済効果は10億ドル(2021年の金額)に達した。

グッゲンハイム・ビルバオが、フランク・ゲーリーの想像力と才能、そしてプライドによって生み出されたのは間違いない。だがこの建物の原型を形づくったのは、プロジェクトの「目的」だった。

ゲーリーの実績を見ればわかるように、彼はもっとささやかで地味な建物を設計することもできた。実際、ビルバオの数年後にも、フィラデルフィアの小規模な美術館の改築を手がけている。

だがビルバオのクライアントは壮大な目的を持っていた。だから、それを最善の方法で実現するために、ゲーリーは美術館を今ある場所に、今あるかたちでつくったのだ。

プロジェクトは、それ自体が目的であることはなく、目的を達成する手段に過ぎない。高層ビルの建設や、会議の開催、製品の開発、本の執筆等々は、それ自体を目的として行われるのではない。ほかの目的を達成するために行われる。

これは単純で当たり前のことだ。だが、「見たものがすべて」の錯誤に陥り、明白で議論の余地のなさそうな結論に飛びつくとき、私たちはこのことをいとも簡単に忘れてしまう。

「答え」から始めるとアイデアは生まれない

プロジェクトを始めるときには、手段と目的のもつれをほどいて、「自分は何を達成したいのか?」をじっくり考え、心理メカニズムのせいで性急な結論に飛びつきたくなる衝動に、なんとかしてストップをかけなくてはならない。フランク・ゲーリーの、「なぜこのプロジェクトを行うのですか?」の問いかけが、そのカギを握る。

たとえば政治家が、島と本土を結びたいと考えたとしよう。橋の建設にはいくらかかるのか? どこに橋を架けるべきか? 工期はどれくらいか? こうしたことを細かく議論すれば、立派な計画を立てたような気になるかもしれない。

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だが実際には、「橋を架けるのが一番だ」という答えから始めてしまっている。もしその代わりに、「なぜ」島と本土を結びたいのかを考えれば──たとえば通勤時間の短縮や、観光客の誘致、緊急医療へのアクセス改善のためなど──最初に「目的」にフォーカスし、次にその目的を実現するための「手段」の議論に移るだろう。これが正しい順序だ。新しいアイデアはここから生まれる。トンネルはどうだろう? フェリーは? ヘリポートは? ニーズを満たすために島と本土を結ぶ方法はいくらでもある。

目的によっては、物理的に結ぶ必要すらないかもしれない。高品質のブロードバンドサービスは、わずかなコストでいろんなニーズを満たせるだろう。それに、島を「結ぶ」ことは必要でも得策でもないかもしれない。たとえば緊急医療のアクセス向上が目的なら、一番よいのは島に医療施設をつくることだろう。

だが答えから議論を始めてしまうと、こういったアイデアはけっして生まれない。

十分な情報をもとに、「何のために、なぜやるのか」を明確に理解すること、そして最初から最後までそれをけっして見失わないことが、成功するプロジェクトの基本である。

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