1972年パチーノはマーロン・ブランド(右)と共演した『ゴッドファーザー』でブレイク EVERETT COLLECTION/AFLO
<神がかり的な演技で観客をクギ付けにしてきたカリスマ俳優のアル・パチーノが、その原動力を垣間見せる自伝『サニー・ボーイ』を発表>
私の友人にアル・パチーノ(84)の熱烈なファンがいる。仮に彼女をセリーヌと呼ぶ。
「熱烈」は誇張じゃない。セリーヌはグループチャットにパチーノのステッカーを送り付け、400ドルもするポスターを買おうとし、出演作は年代順にそらで言える。パチーノが亡くなったら、そのときは忌引休暇を取るつもりだ。
私自身はそこまでハマれない。『ゴッドファーザー』も『ヒート』も見た。狂気じみたせりふ回しや体当たりの演技はすごいが、やはりセリーヌの執着は理解できない。
だからパチーノが自伝を出版すると聞いて、理解を深めるチャンスだと思った。指南役はもちろんセリーヌ。一緒に自伝を読んで私をアル・パチーノ教に洗脳してほしいと頼むと、「涙が出るほどうれしい」と快諾してくれた。
まずは予習におすすめの映画3本を挙げてもらい、一緒に鑑賞した。1本目の『狼たちの午後』は「手に汗握る」という表現がぴったりの作品だった。銀行強盗に扮したパチーノは瞳に野蛮さを宿し、この若者はきっといつか爆発すると観客をハラハラさせる。
パチーノに爆発は付き物だと、セリーヌは言う。「たいてい演技がちょっとくどいんだけど、そこがいいの」
『ゴッドファーザー』の抑えた演技は例外的だ。セリーヌいわく、「狂気をにおわせるにとどめたからこそ、あの役はうまくいったのかも」。
身長168センチの小柄な体にあれだけのエネルギーを秘めているのだから、驚きだ。
10月に出版された『サニー・ボーイ』 PENGUIN RANDOM HOUSE2本目の『クルージング』では繊細なパチーノに注目してほしいと、セリーヌは言った。一方、本人役で出演した3本目の『ジャックとジル』はとんでもない駄作。面食らう私にセリーヌは解説した。
「どんなひどい映画にも、彼は真剣勝負で挑む。正統派のイケメンなのに、仕事の選び方が変わってる。そんな俳優は、最近の若手ではロバート・パティンソンくらいね」
役に最大限のめり込む
パチーノの自伝『サニー・ボーイ(Sonny Boy)』(ペンギン・プレス社刊)は、ニューヨークのサウス・ブロンクスで過ごした幼少期から幕を開ける。
アル・パチーノがアル・パチーノになったのは奇跡に近い。貧しい家庭に生まれ、少年時代は3人の不良仲間とトラブルばかり起こしていた。3人はみな若くして死んだ。
だがパチーノは子供の頃でさえ、自分が凡人で終わらないことを知っていた。「夜の校庭を煌々と照らせるほどのエネルギーを持つ子供」だったと、彼は振り返る。
中学の教師に才能を見いだされ、やがて俳優養成所アクターズ・スタジオで学んだ。1968年にオフブロードウェイの舞台で注目され、そこから運命が大きく動いた。
自伝には、彼が天性の役者であることを示すエピソードが盛り込まれている。神がかった演技を見せる一方で、時には悪魔に憑かれたようにリスクを冒してしくじった。「私の演技には一貫性も型もない」と、彼は書く。パチーノにとって、全力でぶつからない仕事に価値はない。
舞台でシェークスピアの『リチャード3世』を演じたときは、とことん役にのめり込んだ。楽屋を訪れたジャクリーン・ケネディ・オナシスを椅子にふんぞり返ったまま迎え、片手を差し伸べてキスを求めたほどだった。
「私の何が人を引き付けるのか」という戸惑いが
こうしたエピソードは自分に酔っているようで鼻につくかもしないが、パチーノは挫折も率直に語る。
2010年代には会計士のずさんな資産管理と自身の浪費癖がたたって破産。『ジャックとジル』などの駄作に続けて出演したのは「金のためだった」と振り返る。「三流映画だとうすうす分かっていたが、自分が出演すれば二流まで引っ張り上げられると思うことにした」
そんなパチーノは自伝の中で、終始「私の何が人を引き付けるのか」と戸惑っているように見受けられる。
毎朝起きてロサンゼルスの街をぶらつくパチーノと、あまたの男子学生が部屋に『スカーフェイス』のポスターを張り、ニューヨークの野外演劇祭で主演した『ベニスの商人』が語り草となっている伝説のパチーノ。2人の間に隔たりがあることを、本人は強く自覚している。
読み終えた後、自伝はパチーノの魅力を説明できているかと私はセリーヌに尋ねた。「思わない。そもそも本人が自分の魅力を分かっていないのだから」と彼女は答えた。
スターの資質よりも自分は運に恵まれたと、パチーノは考えている。あのカリスマ性とハイテンションなエネルギーはスクリーンと舞台でのみ発揮され、彼自身にも説明ができない。
演技をしているときのパチーノは、生きているという手応えを周囲の誰より感じているように見える。そのあふれる生命感の出どころを知るためのヒントが、この自伝には潜んでいる。
パチーノの語りを貫くのは生きることへの欲望だ。この地上にいるのが彼はとにかく楽しいらしく、幸運な巡り合わせに今も驚きを隠さない。
「過去を振り返るなと人は言うが、私は過去を振り返り、そこに見えるものが大好きだ。自分が存在してきたことがうれしくてたまらない」
こうもつづる。「こんなことが本当に自分の身に起きたのかと思うとくらくらする」。気持ちは分かる。人生が違う方向に転んでも、ちっとも不思議はなかったのだから。
だがトラブルを抱えて若死にする代わりに、彼はアル・パチーノになった。そしてアル・パチーノとして目いっぱい突っ走ってきた。
セリーヌほどではないかもしれない。それでも「アル・パチーノ短期集中講座」を終えた私は、彼が存在していることがうれしくてたまらない。
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