朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(以下敬称略)

  • 【論壇時評】岸田首相が3年間でなしたこと、やり残したこと 宇野重規さん

中室牧子 経済・教育

▷郡山幸雄「パリの市民参加型予算 民主主義の欠点を補うか」(週刊東洋経済8月3日号)

〈評〉不適切なポスターや候補者の乱立、争点の不明な政策論争など、最近の選挙にうんざりした人も多いだろう。そんな中で、本稿で紹介されるパリの市民参加型予算は画期的に見える。どの政策に予算配分を行うかを、市民が直接投票できるというものだ。どのような配分をするかわからない政治家に投票するより、直接自分の意見を反映できる方が良いと考える市民は多いだろう。投票への参加でウェルビーイングが改善したというエビデンスもあるという。多くの国民が抱える選挙への不満の解決の糸口となるのではないか。

▷溝上憲文「就職氷河期世代の新たな受難」(Voice9月号)

▷ジョン・ウィンザー、ジン・H・パイク「企業はオープンタレント戦略で採用難を克服せよ」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー9月号)

安田峰俊 現代社会・アジア

▷田原史起「中国的『県域社会』の現在」(東亜8月号)

〈評〉中国における「県」以下の行政単位の世界での、コロナ禍を経た現在の様子を論じる。中国の国土面積の9割、人口の7割を占める「県域社会」は日本では必ずしも注目されないが、中国社会の就職難を背景に、都会から戻ってきた若者が農村で起業したり、党末端の村幹部になったりと、従来の好景気時代の中国では考えにくかった人材還流が目立つようになっている。都会的感覚を持ちITに強い若手の村幹部は、コロナ禍の対応でも活躍したという。かつての好景気時代、農村は土地収用や格差など負の文脈で語られることが多かったが、現在は景況悪化のなかで意外なしたたかさを見せていることがわかる。

▷有働由美子・広末涼子「ずっと謝りたかったんです」(文芸春秋9月号)

▷岩谷將「意思不統一の果てに覚悟なく決まった長期戦」(中央公論9月号)

青井未帆 憲法

▷國分功一郎「天皇への敗北」(新潮9月号)

〈評〉著者は、戦後憲法学には憲法の専門家である以上の任務があったという。民主主義と立憲主義という緊張に満ちた概念を踏まえつつ、平和主義を含め憲法の価値を国民に伝え、国民が憲法を担う手助けをする憲法物語の作成に取り組んできた。本論考が焦点を当てるのは天皇の存在である。憲法秩序が安倍政権による挑戦を受けた時、護憲派は当時の天皇の明確な護憲の立場を歓迎した。天皇制は憲法上、立憲主義の危機に際して前にせり出す構造を持つ。しかし、これに頼らずに立憲主義を守ることこそが、憲法物語で目指されていたはずではないのか。この残酷な現実を著者は「天皇への敗北」と表現する。きわめて重要な指摘である。

▷佐伯啓思「『終戦の日』に私たちが問うべきもの」(Voice9月号)

▷胡桃沢伸「『加害責任』の世代間伝播(でんぱ)」(世界9月号)

板橋拓己 国際・歴史

▷森千香子「『まともな人間の証(あかし)』を求めて」(世界9月号)

〈評〉フランス極右躍進で注目される世代間格差と都市・農村間の格差に、社会学者コカールの研究を紹介しつつ迫る。農村の人々の孤立を強調した従来の研究に対し、コカールは農村での相互扶助の重要性を強調する。極右であることは、勤勉で左翼を嫌う「まともな人間であるという証」として機能してもいるという。著者は、揺るぎない農村の極右支持に対し、都市エリート層が華麗なパフォーマンスを通して反極右を訴えても逆効果だと主張。都市の貧困地区と農村を対立させるのではなく、「両者に橋をかける」試みに注目する。日本の政治状況とも似通う点が多い。

▷広瀬佳一・宮下雄一郎・森井裕一「座談会 NATOが進めるウクライナ支援の『制度化』」(外交86号)

▷井上弘貴「未来は左派のものか、右派のものか」(現代思想8月号)

金森有子 環境・科学

▷中村真悟・日下博幸「将来気候下における熱中症救急搬送者数予測と地域医療体制へ与えるインパクト」(都市問題8月号)

〈評〉気候変動による気温上昇の影響は様々な分野で懸念されるが、本稿は地域別の熱中症患者数の増加とそれが救急車の稼働率に与える影響を分析したもの。首都圏など人口が多い都道府県では、気温上昇に加え、高齢者人口の増加率が影響して、患者の増加率が特に高くなることが指摘された。また、将来の極端日には、一部の医療圏の救急車稼働率は50%を超えるという。地域によっては熱中症増加時の救急搬送体制が不十分であり、熱中症発症者への迅速な治療を施せない可能性を指摘。気候変動の影響への対応は急務であることを認識すべきだ。

▷村山武彦「PFAS問題に関する国内の社会的対応」(環境と公害7月号)

▷横山広美「理系女性はなぜ少ない」(世界9月号)

砂原庸介 政治・地方自治

▷大豆生田崇志・馬本寛子「特集 官製デスマーチ」(日経コンピュータ8月8日号)

〈評〉現在進められている全国一斉の自治体システム標準化について、その危機的な状況を正面から指摘して目的の再考を求める特集。政治主導で定められた「2025年度末」の期限への時間は十分ではなく、デジタル庁も期待されているリーダーシップを発揮できていない。一斉の切り替えは、システム開発現場に負担がかかり、移行時の不具合が懸念されるだけではなく、コストがかさむことになりかねない。専門性が高い課題に政治家が介入して事態が混乱することは、他の政策分野でも観察される。いかにして妥当な専門家を探して仕事を委ねるか、ということは現代日本の大きな課題と言えるだろう。

▷土屋雄一郎「NIMBYと社会的施設のジレンマ」(Voice9月号)

▷津田環「『セクシー田中さん』とジェンダー問題」(世界9月号)

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