中国海軍の空母「山東」(防衛省統合幕僚監部提供)

現在、人民解放軍は「戦って勝てる軍隊を創造する」という習近平総書記(国家主席)の指令により、毎年巨額な軍事予算を投入して近代化を進めている。彼らは、1991年の湾岸戦争における米軍の指揮情報システムの活用、精密誘導兵器の使用などを見て、「自分たちが大きく遅れている」と判断した。近代的な指揮システムなど、情報化戦争を念頭においた作戦構想、編成・装備の研究に着手した。

岸田文雄首相

習氏は2022年10月の共産党大会政治報告の中で、「早期に世界一流の軍隊を築き上げる」とし、27年の人民解放軍創設100周年までに「強大な戦略抑止力システムを構築する」と明言した。

バイデン大統領

米インド太平洋軍の資料によれば、25年には西太平洋地域において同軍の戦力を人民解放軍が大きく凌駕(りょうが)するとしている。作戦戦闘ドクトリンについても侮りがたく、米陸軍の公刊資料「中国の戦術」の冒頭には、「人民解放軍は、2000年以上にわたる中国の軍事的伝統を受け継いでいる。中国は世界で最も有名な軍事戦略および哲学の書物を多く所有しており、中でも『孫子の兵法』は人民解放軍全体に大きな影響を与えている」との記述がある。米軍がどれほど人民解放軍を研究しているか、この一節を見ただけでも理解できる。

習主席

一方、人民解放軍と対峙(たいじ)する可能性のある自衛隊の戦力はどうか。

中国の24年国防費は約34兆円であり、日本の防衛予算の4・4倍、国家予算の約30%に相当する。人民解放軍の陸軍兵力は約97万人であり陸上自衛隊の約6倍、戦車保有数は約5800両と約17倍である。海軍は3個艦隊総隻数425隻であり海上自衛隊141隻程度の3倍である。空軍の戦闘機は1629機で航空自衛隊290機の約6倍である。その差は開くばかりだった。

危機感を抱いた日本政府は22年12月、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の戦略3文書を策定し、防衛力の強化に乗り出した。岸田首相は今年3月23日、防衛大学校卒業式において、「有事の発生を抑止するため、3文書に掲げた目標の実現に向け、政府を挙げて取り組んでいる」と強調した。

しかし、私が聞き及んでいるところ、財政当局は「個々の装備の必要性や選定などにまで、厳しい意見を言っている」という。このような査定方式は、行政面の効率化ではよいが、「戦力設計」(=戦い方に基づく編成・装備)など高い専門性が要求される防衛分野に、官僚が容喙(ようかい=横から口出しすること)することになり適切ではない。

政府の基本方針が末端の行政機関に徹底できなくて、日本有事に国家組織の総力が結集できるのか疑問である。

山下裕貴

やました・ひろたか 1956年、宮崎県生まれ。79年、陸上自衛隊入隊。自衛隊沖縄地方協力本部長、東部方面総監部幕僚長、第三師団長、陸上幕僚副長、中部方面総監などの要職を歴任。特殊作戦群の創設にも関わる。2015年、陸将で退官。現在、千葉科学大学客員教授。新聞やテレビ、インターネット番組などで安全保障について解説している。著書に『完全シミュレーション 台湾侵攻戦争』(写真、講談社+α新書)、『オペレーション雷撃』(文藝春秋)。

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