信頼していた人になぜ裏切られるのか。人間のサガなのか(写真:AP/アフロ)ほんの数カ月前、いや、最近まで私たちは翔平と一平の友好的なムードを温かく見守っていたはずだった――水原一平氏の裏切りが明るみに出るまでは……。アメリカ・メジャーリーグで活躍する大谷翔平の元・通訳、水原一平氏が関与したとされる違法スポーツ賭博。報道によると、水原氏はその行為を大谷氏にひた隠しにし、大谷氏の口座から大金を盗み取った銀行詐欺容疑で訴追されている。真実はこれから連邦裁判で明らかになるだろうが、これまでも歴史上でくり返されてきた「まさか、あの人に裏切られるなんて……!」という背信行為が、なぜいともやすやすとなされるのか。過去にイグ・ノーベル賞を受賞した認知心理学者らによる最新作『全員“カモ”』には、その「だまし・だまされる心理」の糸口が解説されている。

疑うことさえ忘れる

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人は、つねに何かを想定しているが、それが危険なものになることがある。何かを想定していることに無自覚だったり、想定を裏づけるはずの証拠がいつのまにか不十分になっていたり(または、そもそも最初から裏づけになっていないことに気づいていない)、想定がある一線を越えて引くに引けなくなったときなどだ。想定に固執するあまり、疑うことさえ思いつかなくなるのだ。

科学や医学がテーマの「Slate Star Codex」というブログに投稿した匿名の投稿者は、思い込みと証拠のあいまいな関係性について次のように雄弁に説明している。

内側から見ると、確固たる考えはどれも、それがどれほど支持されているか、またはその考えにどのようにしてたどり着いたかにかかわらず、ほぼ同じように感じられる。つまり「入手できる証拠をすべて調べた結果、私はこの考えにかなり自信があります」という感覚と、「証拠とはほとんど関係のない極めて文化的、社会的、個人的な理由で、私はこの考えを支持します」という感覚を本質的に区別することは難しい。

思い入れがあまりに強くなると、疑問を抱く必要を感じなくなり、その問題についてこれ以上学ぼうとせず、自分の見解と相反する新たな証拠を示されても、軽視するか、見て見ぬふりをするようになる場合がある。これは「故意の盲目」と呼ばれる。

多くの法的場面では、入手できる証拠に気づかなかったことは、詐欺を「見逃した」り、知らぬ間に犯罪に関与したりしていることの抗弁にはならない。

ある想定に対する強い思い入れは、世界についての他の想定に波及効果を及ぼすことすらある。思い入れが強くなりすぎると、より根拠のある想定を論理的にあきらめざるをえなくなる恐れもある。

私もあの人も……誰もが「冷静」ではない

たとえば、私たちはみな同じ現実の同じ時間軸を生きている。

しかし統合失調症を患っている人は、世間に対して奇想天外な、または誇大妄想的な考えを持つことが多い。もし彼らが「私の日々の行動は、不可解な謎を解くカギになっている」とか、「私は脳に埋め込まれた装置によってCIAに行動を追跡されている」といった考えを信じていれば、周囲の人々は、彼らの推理力は正常に機能していないと思うだろう。

けれども、統合失調症の人はそうではない同程度の知能の人と比べて、論理的な問題を解くことが苦手だというわけではない。

こうした偏執性の妄想が起こるのは、欠陥のある理論が原因ではなく、日常の経験の間違った認識や解釈が原因だと考えられている。偏執性妄想を患う人は、存在しない物音(とくに声や人)を見聞きしたり、よくある偶然(スーパーマーケットで同じ人に会う、家の中で同じ音を聞くなど)が、自分に関係する重要なことだと思い込んだりする。

精神疾患を患うとこうした体験が起こりやすくなり、それが本当で重要な考えだと思い込むと、そうした妄想的な説明がより理にかなったものに感じられるようになる。

私たちの思い込みがもっとも危険をはらむのは、思い込んでいると気づいていないときだ。そうした隠れた思い込みによって、意思決定力がゆがんでしまうことがある。

2022年2月24日、ロシアはウクライナに対して戦争をしかけた。それまでロシアは軍備を増強し、軍事演習を行い、侵攻を示唆する政治的措置を取っており、アメリカ政府は何カ月も前から侵攻が起きることを公然と予測していた。にもかかわらず、世界中の人々や政府は侵攻のニュースを知ると衝撃を覚えた。ロシアとウクライナでさえ、国民の大半はウラジーミル・プーチンがそのような命令を下すとは思っていなかった。

実際、2月24日以前には誰も避難しなかったが、侵攻後100日間で650万人が国外に避難した。起きている出来事を最初は誰も信じなかったという事実は、人々が無意識のうちに「ロシアは威嚇することはあっても実際に武力行使することはない」と思い込んでいたことを示している。

高い買い物、契約、投資に踏み切る前や、結論を出す前に、「自分はどう思っているか」と自問しよう。

当てはまる思い込みを明らかにして、あくまでも「一時的な想定」としてとらえ直すことが、自分の判断がもろい基盤の上にあることを適切に判断する、唯一の方法である。

「あの人がだますなんて信じられない」

私たちの世界観は、何らかの考えに対する思い込みをしているときと同じように、他人に対する思い込みをしているときにも大きく変わることがある。「信頼」という概念は、人が詐欺に引っかかる原因の説明として用いられがちだ。

しかし筆者は、なぜ人はだまされやすいのかについて考察する際、「信頼も一種の思い込みだ」と見なすべきだと考えている。

人は、他人や組織を信頼しているとき、相手が真実を語っていると考え、その主張を精査したり、信頼できない情報源や、真実を語っているとは思えない情報源に対して批判的になろうとするのを怠ってしまう。

信頼とは、理論的に考えられないとか、知性が足りないといった兆候の一種ではない。

選択盲(注:自分の選択を肯定するために、後づけで「自分はこれがよいと思ったから選んだ」と思い込む現象)やその他の多くの研究からわかるように、それが自分の選択だと思うから冷静な判断ができなくなる。

むしろ、自分の主張ではなく他人のだと思えば、その主張の欠陥に気づけるのである。

「史上最悪の投資詐欺」に学ぶ

信用した相手の主張を鵜呑みにしやすくなる私たちの傾向は、大規模な詐欺が長くはびこる理由を説明するのに役立つ。

ランパート・インベストメント・マネジメントに勤務するフランク・ケーシーは、ビジネスパートナーがバーニー・マドフのポンジ・スキーム(注:マドフは世界最大の投資詐欺を行った人物。2008年に逮捕されるまで数十年にわたり、ウォール街の投資家から世界中の金融機関にいたるまで、多くの富裕層から巨額の資金を集めてねずみ講詐欺に手を染めていた)に関する秘密情報を証券取引委員会(SEC)に通告しようとしたことから、顧客の家族に「全財産をマドフにつぎ込むのはあまりに危険すぎる」と忠告した。

数カ月後、マドフのスキームが破綻したにもかかわらず、その顧客いわく、ケーシーの忠告に対して彼の義父はこう言ったという。

「善意で言ったのだろうが、なにもわかっちゃいない。バーニーがわれわれをだますなんてありえない」

こうした思い込みが、マドフのスキームが極めて長く運用され続けた原因になっていた。

信頼は、信頼する側がされる側と親しくなればなるほど強くなり、さらに強固になっていく。マドフが詐欺に手を染めたのは、ニューヨークの金融業界でリーダーの地位を確立したあとだとされている。

マドフに投資した人の大半は親族や友人、知り合いだった。それ以外の人々は彼らと縁故があった。要するに、マドフは親交を利用して、自分を信用する投資家たちのネットワークを広げたのである。

マドフが逮捕されて数年後、SECの元弁護士はこう語った。マドフの犯罪は広範に及ぶが、その核心は、社会病質者のインサイダーがユダヤ人コミュニティに対して行った「親近感を利用した詐欺」である、と。

あなたをだます人は、こうして馬脚を現す

もし「本能的な直感」をそれほど頼りにせず、相手の経歴をもっと徹底的に調べれば、詐欺の被害に遭う可能性は少なくなるだろう。そうすることで、相手が信頼できる人物なのか、詐欺師なのかを見分けやすくなる。

たとえば親は、教師やスクールバスの運転手など、子どもの世話をする人たちは、子どもの近くにいる大人が身元確認をきちんとしてくれているので、自分で調べる必要はないと考える。

だがあいにく、そうした身元確認は完全ではないうえ、常に全員の身元を確認できるわけでもない。たとえ問題ないと思えても、確認できるなら必ずそうすべきだ。

新たな請負業者を雇う場合には? 相手の評判や身分証明書に目を通し、あやしい仕事をしていないか、顧客をだましていないか調べよう。

かかりつけ医を替えるときには? きちんとした医学の学位を取得していて、医療過誤でたびたび訴えられていないか調べよう(ただし、ウェブサイトに載っているごく少数の偏見を持った患者の意見に惑わされてはいけない)。

新たに業務提携を開始するときには? そのパートナーが前の雇用主の金を使い込んでいないか調べよう。

あまりロマンチックには聞こえないかもしれないが、結婚や婚約、あるいはオンラインデートをする前には、相手のことをネットで調べてもいいかもしれない。

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