外国人観光客にも桜は魅力的に映るようです(写真:ばりろく/PIXTA)数学を使って世の中の仕組みを知ることで、物事を見る視野が広がります。現役東大生の永田耕作さんが数学の魅力について解説する連載『東大式「新・教養としての数学」』。今回は「データ分析」について解説します。

お花見の経済効果は1兆1358億円!

今年も日本各地で桜が咲き、それを見るために日本中から、さらにいえば世界中から大勢の観光客が訪れました。関西大学の宮本勝浩名誉教授の推計によると、2024年のお花見の経済効果は1兆1358億円にのぼり、日本の桜を見るために訪日する外国人観光客は約373万人と予測されています。

この数字は昨年の約1.8倍であり、コロナ前の2019年をも上回ります。数字で見てもわかるとおり、桜の開花、そして「お花見」は日本においての一大イベントと言えるでしょう。

このように日本の風物詩となっている「桜」ですが、今年は例年よりも大幅に開花が遅れたことが話題になりました。今年2月に発表された開花予想では例年よりも早い3月19日ごろと見込まれていたソメイヨシノの東京での開花は、結果的には3月29日となりました。

これにより、お花見関係のイベントを行おうとしていた多くの公園や自治体などで、そのイベントの延期や中止が発表されたのです。このようなニュースを見て、「今年は寒い日が続いていたから、開花が遅れたのだろう」と考えている人が多いと思います。

しかし、過去の年ごとの開花日のデータを見てみると、「今年が遅かった」のではなく、「ここ数年が早すぎた」ことがわかるでしょう。こちらのデータをご覧ください。

●ソメイヨシノの年ごとの開花日(東京)

出所:気象庁

※外部配信先では図を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください

このデータを見てみると、直近30年程度の間に、今年よりも開花の遅かった3月30日、31日開花の年が7年間もあることがわかります。また、2020年、2021年、2023年はすべて3月14日開花となっていますが、これは気象庁が観測を始めた1953年からのデータの中でも一番早い日付です。

ちなみに、観測史上最も開花が遅かったのは1984年(昭和59年)であり、その年は東京での桜の開花は4月11日だったようです。昨年の開花よりも1カ月近く遅かったことになります。

桜の開花は早くなってきている

このようなデータや、10年ごとの開花日の平均を見てみてもわかるとおり、明らかに桜の開花時期は早くなってきているのです。桜が「入学式」のものから「卒業式」のものへと移り変わっているという言説も、このデータを見ると納得できるでしょう。

この「桜の開花時期の繰り上げ」は、長期的に見ると大きな問題になりうるのです。具体的には、日本各地で桜が満開にならなくなる、もっと言えば、一部の地域で桜が開花しなくなる可能性が生じるのです。今回はこの問題について、この連載記事のテーマである「数学」も用いながらデータをひもといていきましょう。

おそらくこの記事を読んでいる多くの人は、開花期間が変化している要因は「地球温暖化」にある、という事実をどこかで聞いたことがあるでしょう。もしニュースなどで聞いたことがなかったとしても、なんとなく想像できることだと考えます。しかし、具体的に地球温暖化が桜に与えている影響はあまり知られていません。

今回は、地球温暖化が桜に与えている影響をいくつかあげて数学的に解明しながら、どのように日本の桜が危機に直面しているのかを考えていきましょう。

地球温暖化によって平均気温が上がり、2月、3月の気温が高くなると、その分だけ桜は早く開花します。これは皆さんのイメージどおりでしょう。現に、春が異常なほど暖かかったといわれていた2021年や2023年は観測史上一番の早さで桜が開花しています。

桜が早く開花することは、もちろん「開花の予想がつかない」という点では課題ですが、その分春休みとお花見シーズンが合うなど、メリットも大きいのではないかと考える人も多いでしょう。

実際に、桜の開花が早ければ早いほど、経済効果は高くなるというデータも算出されています。気温が高くなって暖かくなれば、外に出る人が増える。外出によって物を買ったり外食をしたりして経済が回る。また、季節の変化に合わせて春物の服を買う人も増加するなど理由はさまざまありますが、いずれにせよ桜の開花が早くなることは大きな問題ではないどころか、むしろ日本の経済にいい影響を与えると言うこともできるのです。

地球温暖化が「桜の休眠打破」に影響

では、何が問題なのか。桜の花が満開になるまでの過程は、花芽形成→休眠→休眠打破→成長→開花→満開という流れになっています。花芽形成は桜が咲く前年の8月から9月はじめごろの間におきます。満開の時期から考えると、半年も前から芽が生え始めているのですね。

その後、桜は休眠に入ります。休眠の程度は10~11月ごろにもっとも深くなり、その後徐々に浅くなっていきます。この休眠から目覚めていく過程を「休眠打破」と言うのですが、この「休眠打破」に、地球温暖化が大きな影響を与えているのです。

休眠打破とは、桜が秋から冬の寒さによって目を覚ますことを指します。桜は暖かい気候によって目覚めているのではなく、むしろ逆で、芽が休眠から起き上がるには十分な寒さが必要なのです。

休眠打破が行われるのに必要な寒さの量を「低温要求量」といい、ソメイヨシノの場合は10月以降、8度以下の寒さに約800~1000時間さらされる必要があると推定されています。つまり、地球温暖化によって冬季期間の気温が下がらない状態がずっと続くと、この休眠打破が十分に行われず、桜が開花しない恐れがあるのです。

2100年には桜がまったく咲かない地域も

2020年には、福島県福島市と宮城県仙台市で、鹿児島県よりも早くソメイヨシノが開花するという出来事がありました。平均気温や緯度などを考えるとありえないこちらの報道はとても話題になりましたが、これも原因をたどると地球温暖化にあることがわかるのです。

このままのペースだと、2100年には種子島や鹿児島県の西部では桜がまったく咲かず、九州南部や静岡県、神奈川県の一部でも桜が満開にならない可能性があると推測されています。地球温暖化の影には、ただ桜の開花が早くなるだけではない重大な問題が隠されていたのです。

物事の理由を考えるうえで、数値を分析することは非常に重要になります。この力を育むために、高校の数学においても「データの分析」の学習範囲は年々幅広くなっています。データを正確に分析し、物事に対応するためにも、数学の力は必要不可欠なのです。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。