ビッグデータ時代の中、集めたデータを活用するデータサイエンス。その思考がどの業種においても必要とされる力になってきた。
しかし、その技術を持つ人材がまだ少ないとされる日本。データサイエンス人材の確保が急務とされる。そんな中、2017年に国立大学として初めて滋賀大学が創設したデータサイエンス学部の卒業生に対して各企業から熱い視線が送られるようになってきた。
彦根城のお膝元にあるのどかな雰囲気に建つキャンパス。同大データサイエンス学部は2019年には大学院博士課程前期を設置、学部卒だけでなく、院卒の卒業生もすでに排出している国内では数少ないデータサイエンスのスペシャリストの輩出拠点だ。就職活動支援を担う入江直樹 特命教授は
「以前はIT系企業への就職が多かったのですが、今は幅広い分野で採用されるようになりました」
と語る。
中でも目を引くのが製造業への就職者の増加だ。取材時に手にした学部卒の就職先リストを見ると、卒業生のうち約3割が製造業への就職だった。
データサイエンス人材を必要とする企業は増えているものの、会社が必要とするスキルを持ち合わせている人が不足しているという声も。自社の仕事に合う人となるとさらに難しくなるため、採用はなかなか難しいようだ。
一般社団法人データサイエンティスト協会が公表している調査結果一般社団法人データサイエンティスト協会が行った調査では、データサイエンティストが欲しいと思うものの、目標通りの採用ができなかったという企業が62%に上った。データサイエンス人材の育成が始まったばかりの日本では、データサイエンティストとして働ける人の数がまだ少ない。そのため、人材の獲得競争が起きているようだ。
中には初任給に差を付けて採用を強化する企業も見られる。ここ数年、データサイエンス人材の採用を強化している金融業界では、初任給1000万円を打ち出す会社が出てきた。試しにある金融機関の採用情報を見てみると、採用ページにはデータサイエンティスト枠がしっかり設けられていた。
理系学部の専門職といえば、応募条件として修士以上を求められることが多いのだが、データサイエンティスト枠の場合、大卒からの応募が可能でその上、初任給は修士卒並の35万円スタートだ。同社の総合職と呼ばれる枠の採用と比べて月に12万円もの差があった。
以前、取材で訪れたある大手メーカーの担当者は
「会社によっては(データサイエンス人材を)100人規模で募集をかける所もある。弊社のように数人単位の採用では就活中の人の目に留まりにくいため、採用はなかなか難しい」
と漏らしていた。
修士並の力をつけるカリキュラム
そうした状況の中、この会社は新たな取り組みをスタートした。インターンシップ制度を設けて滋賀大学と連携、一本釣りで採用に繋げているという。
「インターンとして来てくれた学生は学部生だったのですが、修士並の力があり驚きました」
と担当者。実際、インターンシップがきっかけで入社を決める学生も出ている。
なぜ、修士並の力があるのか。答えはカリキュラムにあるようだ。
データサイエンスは文系の学部で扱われることも多いが、数学の知識もかなり必要なため、大学によっては理系学部の中にコースを置くところもある。
一般的な理系学部では、学部生は基礎科目、修士から専門科目となる所が多い。ところが、データサイエンスは文理融合の科目。どちらかと言えば理系に近いが、カリキュラムの組み方は文系学部に近い。
例えば、経済学部を基盤にデータサイエンス学部を創設した滋賀大学では、学部の段階で専門科目の講義が取れるようにカリキュラムが組まれている。実際のデータを使った演習的な授業もある。学部生でも修士レベルの力が身に付くのはこうしたカリキュラムが大きく関係しているようだ。
データサイエンティストの育成が本格的に始まった日本。だが、入江教授は採用活動は活発化してきたものの、企業におけるデータサイエンス人材の活用フェーズは会社によって大きく違うと話す。
「ひとつは、集めたデータをどう活かすかを検討中だという会社。ここでは採用は始まっているものの、どう働いてもらうかはこれからという段階の所が多いです。次が自社の持つデータの分析はすでに終わり、結果の活用を始めている所です。最後にくるのが、これらを基に積極的な利活用が行われているという所です」
《データサイエンス人材活用フェーズ》① 集めたデータをどう活かすかを検討中② データの分析が終わり、結果の活用を始めている③ すでに積極的な利活用が行われている高い採用実績誇る企業の違い
データサイエンス人材の争奪戦が繰り広げられる中、順調に採用を伸ばしている企業もある。採用を延ばす企業は苦戦する企業と何が違うのか。高いオファー獲得率を誇る資生堂インタラクティブビューティーでは、仕事のやりがいと収入でその魅力を伝えている。
1人ひとりの肌の状態をチェックし、肌質を科学的に判別する機械を開発、1980年代にはすでに顧客1人ひとりの肌質に合った化粧品の提案を始めた資生堂。資生堂グループが持つ様々なデータをビジネスに役立つものにするために作られたのが資生堂インタラクティブビューティーだ。
資生堂が設立した資生堂インタラクティブビューティーグループ全体がデータを基に意思決定を行うデータドリブンカンパニーとなるための根幹を支える組織として、ITコンサルティングファームであるアクセンチュアとのジョイントベンチャーとして立ち上がった。
大手企業の中には、データサイエンティストを自社で抱えるのではなく、データサイエンス人材を多く抱えるIT専門集団に任せるという所もあるが、資生堂は内製化の道を選択している。
理由は明快だ。ビューティー領域のメーカーのため、美容に対する知見がなくてはお話にならない。外部パートナーはITに関してのエキスパートであったとしても、ビューティービジネスについての知識を持ち合わせてないことがほとんどだ。
その点、社内にデータサイエンスの専門家がいれば、データの裏側にある背景・経緯を踏まえたうえでデータ分析、インサイトの提供が可能となる。また社外の専門家に任せるよりも各段に速く分析結果を実行フェーズに落とし込めるため、ビジネスを加速することが可能になるという。
同社はデジタルマーケティングとITの2つをビジネスの柱に据えて活動している企業だが、いずれのチームでも重要視されているのが自走・自立する力だ。半期ごとにスキルアセスメントを実施し、社員の力の底上げを図っている。こうした研修の充実具合も求職者には魅力に見え、採用を有利にしている。
データサイエンティストのキャリア形成
新規の採用に加えてもともといた社員に対してのスキル強化も始めている。資生堂を母体として生まれた同社には、新たに採用した人の他、資生堂から異動した社員もいる。こうした社員の中にはビューティー分野に関する知識は豊富なものの、デジタルマーケティングや、IT知識についてはこれからという人も多い。そのため、各自がどの程度のスキルを持っているか、定量的にトラッキングする仕組みを作り、力の底上げを図っているのだ。
同社のKPI(重要業績評価指数)では、データエンジニアや、ITストラテジストなど、IT・デジタルマーケティング領域 で自立・自走がより色濃く問われる業務に関連した人材を「ウェーブ1人材」と呼んでいる。領域には「P3ミドル以上」という表記がある。
KPIとは、Key Performance Indicatorの頭文字を取った言葉。簡単に言うならば、目標を達成するために、日々どのようなことを行い、達成する必要があるかを見える化したものだ。
同社のいう「P3ミドル」は、コンサルティングファームでいうところのマネージャークラス以上に匹敵する能力となる。同社では、半期に1度スキルアセスメントを健康診断のように行うことで、足りない部分を可視化、そこを補うような研修を行う仕組みができている。
具体的な人材育成の方法にも工夫が見られる。「Define」「Discover」「Develop」「Deploy」 の4つをフレームワークとする独自の「4Dサイクル」というものを構築、これにそって計画的に人材育成を実施している。
この4Dサイクルを回しながら、同社が掲げるKPIとの照合を行い、ギャップがある場合はディベロップ研修を行う。資生堂インタラクティブビューティーの企画管理部人事・総務グループの坪根雅史グループマネージャーは
「研修後、得た知識をどれだけ実務に還元できるかがカギとなるため、4つめのDeployが重要です」と話す。
社員の給与は①ライフプラン手当②基本給③SPA(スキルプレミアムアロワンス)の3つにより決まるが
「データサイエンス人材はマーケットの報酬状況を見つつ当社の処遇がCompetitiveになるよう設計しています。結果的にですが、一般的な職種の人と比べると年収が50万円から100万円上がるようになっています」(担当者)
優秀なデータサイエンス人材はどこの企業も欲しいところ。しかし、自分の力が発揮できそうもないフェーズ1の会社では、求職者に魅力的とは映らない。スキルアップの制度とやりがい、給与の三拍子揃った会社には、今後も良質な人材が集まりそうだ。
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