ニューヨークの空港に降り立った1964年のビートルズ ディズニープラス「スター」で独占配信中。©2024 Apple Corps, Ltd. All Rights Reserved.

<1964年に巻き起こった「ビートルマニア」現象。未使用の素材はあまり残っていないはずだが、約17分の未公開映像を盛り込んだドキュメンタリーが、ディズニープラスで配信開始された>

ビートルズ旋風が吹き荒れた1960年代を描くなら、まずは耳をつんざくような10代の少女たちの歓声で始め、見る者を興奮の真っただ中に放り込むのが常道。だが11月29日にディズニープラスで配信が始まったデビッド・テデスキ監督の長編ドキュメンタリー『ビートルズ '64』は、逆に私たちを当時のアメリカ社会の現実に引き戻す。

『ビートルズ '64』ディズニープラスの予告編はこちら

冒頭に登場するのは、ビートルズの4人ではなく若きアメリカ大統領のジョン・F・ケネディ。月に行く夢を熱く語り、ダラスの飛行場に降り立ったかと思うと、画面は首都ワシントンでの重苦しい葬列に切り替わる。


この短い導入部の意味は、後にポール・マッカートニーの口を借りて明かされる。ケネディを失ったアメリカは僕らが来るのを待っていた。ポールはそんなふうに言う。実際、ケネディ暗殺から3カ月もたたない1964年2月、ビートルズは人気テレビ番組『エド・サリバン・ショー』に出演し、悲しみに沈む国民に歓喜の瞬間を、新聞には大見出しになる話題を提供した。

つまり、この作品はアメリカ国民の壮大なドラマであって、作中のビートルズはよくて脇役だ。そもそも「ビートルマニア」と呼ばれた現象が映像で記録されたのは60年も前のこと。未使用の素材はあまり残っていない。

もちろん本作にはポールとリンゴ・スターへの新たなインタビューに加え、往年のファンや音楽業界の大物の興味深い証言も含まれる。

アメリカ滞在中のジョン。『ビートルズ '64』より ©2024 Apple Corps, Ltd. All Rights Reserved.

しかし作中で最高に輝いて見えるのは、やはり未公開の映像だ。カメラの存在を(ほとんど)気付かせない「ダイレクトシネマ」の技法で知られるアルバート&デービッドのメイズルズ兄弟がビートルズの東海岸ツアーに同行して撮った貴重な記録だ。

その大部分は既におなじみのものだが、テデスキ監督はトータルで約17分の未公開映像を本作に盛り込んだ。監督が選んだのは、熱狂的なファンから逃げ惑ったり無知な記者たちに冗談を飛ばしたりする4人組ではなく、例えばメイズルズ兄弟の駆使する(当時としては)最新鋭の撮影機材に感嘆するメンバーたちの姿だったりする。


メンバー中で最もテック系なのはポールだ。ある場面では、アルバートのカメラとデービッドのテープレコーダーを、邪魔な接続ケーブルも使わずしっかり同期させる革新的技術に興味津々の様子だ。

ホテルの一室でメンバー4人がコーヒーテーブルを囲んで談笑している場面では、カメラの死角に身を潜めてマイクを突き出している女性スタッフに気付いたポールが、そのカメラを彼女に向けろよと言い出す。もちろんアルバートは拒否するが、ポールが本気なのに気付いて、ついに言われたとおりにする。

アメリカ滞在中のポール。『ビートルズ '64』より ©2024 Apple Corps, Ltd. All Rights Reserved.

ポールはトランジスタラジオを持ち歩き、自分たちに関する報道をリアルタイムで追う。ニューヨークのプラザホテルに彼らの車が着いた途端にマイクに向かってしゃべり出すリポーターの姿など、自分たちをスターに仕立てる巧みな演出も見逃さない。

4人は誰もがアメリカ文化の徹底した商業主義に驚いている様子だ。ポールは、真面目なニュースを伝えていたニュースキャスターがさらっと「スポンサーからのお知らせ」に移る様子をまねてみせる。ジョン・レノンとジョージ・ハリスンは即興でマルボロのCMを演じてみせる。


メイズルズ兄弟としては、自分たちの存在が気付かれそうな場面は隠しておきたかったに違いない。しかしビートルズの部屋に忍び込みたい2人の女性がメイズルズ兄弟に協力を求めたときのやりとりなどは実に楽しい。

歴史的新発見はないが

アメリカ滞在中のリンゴ。『ビートルズ '64』より ©2024 Apple Corps, Ltd. All Rights Reserved.

メイズルズ兄弟が撮影し、お蔵入りになっていた貴重なインタビュー映像もある。例えば、ハーレムに住む黒人たちにビートルズについての感想を聞く場面だ。

2人の女子はせいぜい「OK」と言い、少し年上の女性は「あの髪形」が好きだと言う(ただし彼らの歌は「ナイス」な程度だとか)。

マイルス・デイビスやジョン・コルトレーンに傾倒している20代の男性は「気持ち悪い」と言い、スカーフとオーバーコートに身を包んだ別の男性は「ベリー・ナイス」と言いつつも、「僕はオリジナルなものなら何でも好きだから」と付け加える。

アメリカ滞在中のジョージ。『ビートルズ '64』より ©2024 Apple Corps, Ltd. All Rights Reserved.

黒人音楽界の大御所スモーキー・ロビンソンはビートルズの味方をしている。新しいインタビューでは、ビートルズは黒人音楽の影響を素直に認めた最初の白人ポップグループだと語っている。

名指揮者レナード・バーンスタインも好意的で、こんなに衝撃的な文化の変容を無視するのは大人として愚かだと語ることで、ビートルズを軽蔑したいインタビュアーに抵抗している。もちろん、バーンスタインが本作に出てくるジュリアード音楽院の学生と同じレベルでビートルズを理解していたとは思えない。しかし彼の娘はジョージに夢中だったそうだ。


本作に使われている昔の映像と音声は、ピーター・ジャクソンのドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ:Get Back』で使われたのと同じ手法でリマスターされているが、あいにく歴史を書き換えるような新発見はない。

だが、これだけは言える。自分たちの始めた新たな歴史を、そしてようやく自分たちを理解し始めた世界を、初期のビートルズがどのように見ていたか。それを垣間見させてくれる貴重な作品だ。

©2024 The Slate Group

『ビートルズ '64』|予告編

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