朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(「*」はデジタル、以下敬称略)

  • 「お前はどの種類の…」は絵空事か 米大統領選と日本 宇野重規さん

青井未帆 憲法

▷貴堂嘉之「人種資本主義の世界史という射程」(現代思想10月号)

<評>2020年の米国発BLM運動は、反レイシズムのグローバルな抗議活動へと発展した。著者は、「人種資本主義」の観点から世界史を再考すべきだと提言する。奴隷貿易と南北アメリカ大陸の植民地化から現在まで、レイシズムと近代資本主義の関係を理論化し、従来の国民史、帝国史を乗り越える分析枠組みだという。金融危機のただ中、オバマ大統領の誕生で白人リベラルを中心に語られた「レイシズムの終焉(しゅうえん)」の浅薄さは、現在の米大統領選における「黒人性」をめぐる言説も示すところだろう。日本の状況に照射するとどうなるか、考えてみたい。

▷水野陽一「国家賠償請求訴訟を通じた救済は可能か?」(法学セミナー11月号)

▷カレン・フロリーニ、アリス・C・ヒル「気候変動と民主主義」(フォーリン・アフェアーズ・リポート10月号)

板橋拓己 国際・歴史

▷市原麻衣子「イチから分かる民主主義」(Wedge11月号)

<評>国内外で重要な選挙が続く中、過激な主張に振り回されることなく、民主主義の基本に立ち返ることが必要だ。本論考は、新しい研究もふまえつつ、言論や報道、集会・結社、学問の自由といった「市民的自由」が民主主義には欠かせないことなど、民主主義の要点が平易に説明されている。日本社会に多い「校則」のような制約を改善するなど「小さなことから始めてみる」のが重要で、「そのトレーニングの積み重ねこそが民主主義の実践に他なりません」と呼びかける。第一線で活躍する政治学者が、「小さなこと」から始めるべきだと改めて強調するのが印象的。

▷瀬口典子「人種概念構築の歴史と生物人類学における頭蓋骨(とうがいこつ)多様性研究の進展」(現代思想10月号)

▷兼子歩「アメリカン・ストロングマン」(世界11月号)

金森有子 環境・科学

▷L・パーシュリー「温暖化の影響はどれくらい?」(日経サイエンス11月号)

<評>近年急速に発展しているアトリビューション科学(特定の気象事例に対する人間活動の影響評価)の紹介。どんな気象事象も地域の脆弱(ぜいじゃく)性や位置によって災害になりうると指摘するアトリビューション科学は裁判にも進出し、災害の一因に気候変動があるとする判決にも一役買っている。一方、研究者が通常業務のかたわら社会的な要請に対応するのは困難だとする意見もあるという。日本ではあまりメジャーではない気候変動訴訟だが、海外では大企業や国の責任を認める判決も出ている。温室効果ガスを多く出してきた先進国の訴訟関連費用は今後膨大になっていくのだろうか。

▷吉田公美子「世界の気候変動訴訟を変えたスイスのシニア女性たち」(世界11月号)

▷関谷直也「災害情報はいのちを救えるか」(世界11月号)

砂原庸介 政治・地方自治

▷Yahoo!ニュースオリジナルRED Chair編集部「パンデミックは必ずまた起こる――尾身茂が振り返る日本のコロナ対策、成功と失敗」(Yahoo!ニュース オリジナル、9月29日)*

<評>新型コロナウイルス感染症対策の指揮をとった尾身氏が当時の意思決定を回顧する貴重なインタビュー。政治と専門家の意見が一致しないこともある中、東京五輪の無観客開催やワクチン接種に関して難しい決断が行われていたという。多くの国では専門家が感染症対策の目的や戦略の設定に深く関わるが、日本の「政治主導」の文脈で政治家でない尾身氏のような人が指揮をとるのは異例だった。成功・失敗の検証を踏まえ、パブリック・マネジメントを進化させていくべきだ。

▷佐藤栄治「在宅に関わる医療・介護提供体制の空間面からの評価」(都市問題10月号)

▷エイミー・ゼガート「知識と技術が国を支える」(フォーリン・アフェアーズ・リポート10月号)

中室牧子 経済・教育

▷水町勇一郎「世界最大の労働問題をどう解決するか」(世界11月号)

<評>来月から「フリーランス新法」が施行される。既存の枠組みでは保護されなかったフリーランスについて新たに定義を設けたが、不十分な点も多い。ウーバーの運転手のようなプラットフォームワーカーの労働者性をめぐる問題と、彼らへの法的保護の問題がある。諸外国では「市場誘導型」や「労働協約方式」などの保護形態があるという。私自身はライドシェアの完全解禁を求める立場だが、著者が指摘するように日本での議論は欧米から二周三周遅れている部分もあり、踏み込んだ議論を進めていく必要を感じる。

▷ハーバード・ビジネス・レビュー編「上手に自慢話をする方法」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー11月号)

▷井伊雅子「日本で行われる検診・健診 その深刻な問題とは何か」(週刊東洋経済9月21・28日合併号)

安田峰俊 現代社会・アジア

▷リン・クオック「アメリカは東南アジアを失うのか」(フォーリン・アフェアーズ・リポート10月号)

<評>今年、東南アジア各国の社会上位層へのアンケートで、地域パートナーとして中国が米国よりも高く評価される結果が出た。ガザ問題を背景に、イスラム圏諸国を中心に米国のダブルスタンダード外交へ不信感が強い。「親米」的傾向を示す国でも、米国の貢献は実感されず、中国の方がはるかに目に見える存在という。いわゆる中国警戒論は、西側諸国を除けば必ずしも「世界」の標準ではなく、相対的に米国の立場が低下して、中国が浮き上がる。地理的に中国の裏庭にあたる東南アジアの現状と、米国の関与のありかたについて考えさせられる。

▷伊藤亜聖「『現場』なき中国研究への回帰か?」(外交9・10月号)

▷岡本隆司・君塚直隆「歴史を学び直して最後に見えてくるもの」(中央公論11月号)

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