朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(「*」はデジタル、以下敬称略)

  • 【論壇時評】大学は誰のためにある 高等教育が与えるべき声と言葉 宇野重規さん

安田峰俊=現代社会・アジア

▷pha(ファ)「インターネットが現実になるまで」(文学界10月号)

〈評〉過去20年のネット活字文化を概観した論考。かつて盛り上がった「はてなダイアリー」などのブログ的なコミュニティーは、長文を書く行為のハードルゆえに、議論が荒れにくい傾向があった。具体的な役には立たないが内容は面白い、ネットの「雑文」の文化はこうした空間で育まれた。しかし短文投稿のX(旧ツイッター)の普及などの変化でこの文化は衰退し、雑文の肩身が狭くなったとする。

 昭和の文豪の著作にも、ジャーナリズムでも小説でもない「雑文」が多い。世相風俗を反映する、雑文の生存空間が保たれることを望みたい。

▷稲田豊史「『コメント欄』からは逃れられない」(Voice10月号)

▷若江雅子「日本はGAFAに甘すぎる」(文芸春秋10月号)

青井未帆=憲法

▷小林史明「法は読まれるべきなのか?」(現代思想9月号)

〈評〉法を読むのはかなり難しい。日常語と同じ言葉に異なる意味が持たされていたり、条文に明示されていない法律家の常識が存在したり。法を学ぶ者にとってこれまで法を読み込むことは学習の基本だった。しかし法教育にも動画コンテンツが登場し、法は読むものから「観(み)る」ものにもなってきたという変化を論考では紹介する。

 著者はAIによって法が運用される未来にも言及する。そのとき法はコードであればよく、自然言語である必要すらない。人間が法を読むという行為の命脈をどこまで保てるのだろうか。

▷馬橋憲男「日本にとって人権条約とは何なのか?」(地平10月号)

▷大脇成昭「能登半島地震に見る災害ボランティアの課題」(法律時報9月号)

板橋拓己 国際・歴史

▷吉田徹「『極中道』は民主主義の救世主か、破壊者か」(中央公論10月号)

〈評〉欧州では極右政党が台頭する一方、なんとか中道で統治することが模索されている。こうした中で左右のポピュリストへのアンチテーゼとして「ラディカルな中道」を積極的に評価する論者が出てきた。他方で、恣意(しい)的に「中道」を自称しそれ以外への不寛容を示すものとして「極中道(エキストリーム・センター)」と呼んで批判する論者もいる。

 最近話題の極中道について教えられるところの多い論考だ。極中道にはいまだ政治的闘争のための概念という性格が強いが、なにをもって「中道」とするのかを考えるいい機会かもしれない。

▷三野行徳「新選組表象をめぐる市民・新選組研究家・歴史学」(歴史学研究9月号)

▷古賀光生「欧州・右翼政党の台頭は暴力を引き起こすか?」(世界10月号)

金森有子=環境・科学

▷エドアルド・カンパネッラ、ロバート・Z・ローレンス「気候変動とポピュリスト」(フォーリン・アフェアーズ・リポート9月号)

〈評〉政治の二極化が気候変動対策に及ぼす影響について整理した論考。気候変動対策を重視する人々は、この闘いを「厳格な義務」と説明し、ポピュリストの指導者たちはあくまで「政治的選択」と位置づけてきたと解説する。グリーン社会への移行によって貧困層などへ不公平な負担が生じ、また都市農村間で格差が悪化する恐れを指摘。対策を疑問視する人を納得させられるのは、経済的インセンティブだけとする。対策をさらに実施するために、指導者は人々を活動へ駆り立てる説得力のあるストーリーも必要とまとめる。

▷松本萌「暑さ指数33以上はリモート推奨」(日経ビジネス電子版、9月6日)*

▷サラ・グレーザー、ティム・ギャローデット「フィッシュ・ウォーズ」(フォーリン・アフェアーズ・リポート9月号)

砂原庸介=政治・地方自治

▷竹中治堅「演出家を必要としていた政権」(中央公論10月号)

〈評〉岸田文雄首相は外交・安全保障政策を中心に目に見える成果を上げたものの、政策の目標、内容、実績を国民に分かりやすく伝えることができていないと論じる。「強い官邸」のために首相の政策が円滑に進み、かえって指導力が目立たなかったことなどを指摘している。

 小泉政権以降、政治過程では与党内抵抗勢力の存在が常に前提だった。それが見えないくらいに首相の求心力が強まっているならイギリス型議院内閣制の到達点だが、それが「自民党だけ」というのが日本政治の難点だ。

▷江守正多「日本人は原子力と縁を切れるか」(世界10月号)

▷本間誠也「経済低迷でも日本で就職したい…コンビニで働く外国人留学生が抱える本音の背景」(ヤフーニュース、9月3日)*

中室牧子=経済・教育

▷武田徹、西田亮介「『エモい記事』論争から考える報道の未来」(Voice10月号)

〈評〉真偽の不明な情報や何ら根拠のない極端な意見がSNS上を跋扈(ばっこ)している。今ほど、データや根拠に基づく信頼性の高い情報を発信するメディアが重要な時もなかろう。しかし、西田氏は新聞報道の「公共性」を問う。データや根拠もなく、何かを批判あるいは賛同するでもなく書かれたエピソード中心の「エモい記事」が多すぎるというのだ。もちろん異なる意見もあるだろうが、西田氏が求める通り、朝日新聞にはぜひ公開の場で議論に応じてもらいたい。政治という権力に公平性と透明性を求めるように、メディアにもそれは求められる。自らへの批判にも誠実に答えることが信頼を得ることにつながる。

▷井深陽子「なぜ年金支給日になると救急搬送数が増えるのか」(週刊東洋経済9月7日号)

▷嶋崎量「教員の『定額働かせ放題』はなくせるか」(世界10月号)

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