水原(左)はほぼ常に大谷にぴったり寄り添ってきた(2023年12月) KIRBY LEEーUSA TODAY SPORTSーREUTERS

<「友人」を装ったあくどい元通訳による24億円窃盗事件で明らかになったのは、「天才」を取り巻く専門家たちが全員「凡才」だったこと>

渦中の人は毅然としていた。

MLB(米大リーグ)ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平は、自分の銀行口座から違法なスポーツ賭博のブックメーカー(賭け屋)に巨額の資金が送られていた問題で、3月25日に会見を開き、自分の口で状況を説明した。

それまでは、大谷の側近も球団も矛盾する説明をしていたために、騒動は日米のメディアを巻き込んで、雪だるま式に大きくなっていった。

だが、大谷の説明はシンプルだった。賭博で莫大な負債を抱え込んだ元通訳の水原一平が大谷の知らないところで賭け屋に送金していたこと、つじつまを合わせるために周囲に嘘をついていたことなどだ。

だが、4月11日に水原を訴追した米連邦地検の説明は、はるかに悪質な事件を物語っていた。

まず、水原が大谷の口座から勝手に引き出していた金額は、当初よりもずっと多い1600万ドル(約24億5000万円)以上だった。そんな金額の窃盗に倫理的な方法などあるはずもないが、水原のやり口は予想以上にあくどかったようだ。

水原は電話で大谷に成り済まして、大谷の口座からの送金を許可していたほか、銀行からの取引通知やセキュリティーアラートが自分の電話やメールアドレスに送られてくるように細工していた。

そんなことが可能だったのは、水原の特殊な立場のおかげだ。彼は大谷の通訳だっただけでなく、仕事でもプライベートでも距離の近い友人であり、日本語でコミュニケーションを取る大谷と、英語で仕事をする銀行や資金アドバイザーとの仲介者でもあった。

つまり大谷は、これまでの報道よりもずっと重大かつ多面的な被害者だったわけだ。彼の唯一の過ちは、自分をペテンにかけた通訳や、混乱に拍車をかけた広報担当者など、間違った人間をプロとして雇い、信頼し、たんまり報酬を払っていたことだ。

とんでもない「二枚舌」

大谷は、自分の会計チームが資産をきちんと監視していると信じていた。だが、二枚舌ならぬ2カ国語を操る通訳を通したために、おかしなことになった。

訴追状に添付された起訴状案によると、水原は最初から大谷の銀行口座に関わっていた。2018年、アメリカに渡ったばかりの大谷に付き添ってアリゾナ州の銀行に行き、そこで野球選手としての報酬が入る口座を開設させたのだ。

だが水原は、MLBにおける大谷の代理人であるネズ・バレロに口座情報を教えなかった。大谷が秘密にしたがっていて、会計チームにも監視されたくないと言っていると説明したのだ。

その一方で、自らはその口座にアクセスして、無認可の賭け屋に送金していた。大谷がそれを知ったのは、ついこの前だ。

水原がギャンブル依存症であることは間違いない。起訴状案によると、水原が賭け屋とのやりとりに使っていた口座を捜査官が調べたところ、水原は21年12月から24年1月までの間に1万9000回も賭けをしていたという。1日25回に近いペースだ。

1回の賭け金は10ドルのときもあれば、16万ドルのときもあった。結果は負けがはるかに多く、最終的に賭け屋に4070万ドル(約62億円)もの借金をつくることになった。

それだけ聞くと、水原はギャンブル依存症に陥った哀れな男に見えるかもしれない。だが、その借金を返すために水原がやったことから浮かび上がるのは、実にあくどい人間性にほかならない。

予想以上に悪質な手口

大谷の表向きの発言はどうあれ、大谷と水原は仕事仲間であると同時に友人だった。その友人から水原は巨額の金を盗んだだけでなく、大谷が英語を話せないこと、そして自分が英語の世界との橋渡し役であることを悪用したのだ。

大谷がプライベートをかたくなに守りたがることは有名だが、水原は、そんな大谷についてもっと知りたいアメリカのメディアやファンと大谷の間を取り持つ唯一の窓口でもあった。

そこで水原がやったのは、橋渡しではなく、誰が大谷にアクセスできるかを選ぶ門番だった。

当局の調べでは、水原の賭博に野球は含まれていなかった。もし含まれていたら、たとえ大谷は関与していなくても、MLBは大きな頭痛の種を抱えることになっただろう。

ある意味で、水原はスポーツ賭博の規制が正しいことを示す格好の例だ。ドラフトキングスやファンデュエルなど、きちんと認可されたスポーツ賭博業者なら、水原はあそこまで借金できなかっただろうし、そもそも職種上、利用できなかったかもしれない。

水原は別の意味でも大谷に大きなダメージを与えた。大谷は被害者にすぎなかったことがどんなに明らかになっても、実のところ大谷自身が賭博に夢中になっていて、水原が大谷をかばったのだといった陰謀論を信じるスポーツファンは一定数残るだろう。

自分を信頼してくれている人物から1600万ドル以上をだまし取るのにましな方法などないが、水原がそれで金の延べ棒でも買って、それを使ってギャンブルの借金を返済していたら、つまり大谷の口座から賭け屋に直接送金したのでなかったら、大谷への影響はまだ軽かったろう。

大谷を守るはずの「プロ」がいかに役立たずだったかもあきれるばかりだ。大谷が通訳に頼るのはまだしも、プロの彼らもたった1人の通訳に全てを頼りすぎた。

ドジャースも例外ではない。不正が報じられた後になっても、水原がロッカールームで選手やスタッフに嘘の説明をする機会を与えた。このときアンドリュー・フリードマン編成本部長までが、水原の説明に基づき大谷が損失を補塡したと説明していた。

さらに大谷の危機管理を専門とする広報は、違法賭博への関与が既に明らかになっていた張本人に、スポーツ専門局ESPNのインタビューを受けさせた。それによって水原の嘘は全米に拡散された。

大谷にとっては全てが大きな衝撃だったに違いない。

長年信頼してきた人物が、自分から大金を盗んでいただけでなく、自分が言ってもいないことを言ったと触れ回っていたのだから。そして自分が野球に集中するために雑事を任せていたプロのチームが、恐ろしく無能だったのだから。

巨額の報酬を得ている大谷にとって、今回の事件の金銭的な痛手はさほど大きくないだろう。だが、これほど多くの側近の、これほど大きな無能に失望させられた衝撃は、決して小さくないはずだ。

©2024 The Slate Group

水原一平元通訳の裁判所での様子

What happened inside Ippei Mizuhara's court hearing/NBCLA
 

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