朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(「*」はデジタル、以下敬称略)

板橋拓己=国際・歴史

▷高橋源一郎、橋場弦「デモクラシーの起源から考える」(公研5月号)

<評>デモクラシーについて考えるとき、その起源として古代ギリシャの民主政はつねに参照され、過度に理想視されるか、あるいは「衆愚政」として批判の対象となってきた。

 本対談では、橋場が最新の研究に基づいて古代ギリシャの民主政の実態を明らかにしていく。そこに浮かび上がるのは、人々の生き方の総体、「way of life」としてのデモクラシーである。デモクラシーの危機が叫ばれる現在、古代世界の実践(もちろん限界もある)を知るのも無駄ではないだろう。

▷千々和泰明「『三年目の戦争』の終わらせ方」(Voice6月号)

▷吉原真里「ミセス・ウォーカーの授業」(公研5月号)

金森有子=環境・科学

▷松村一志「生き残る地球平面説」(中央公論6月号)

〈評〉気候変動否定論や反ワクチン運動などの科学否定論があることは知っていたが、まさか2010年代に地球平面説が一部で広がっていたことは知らなかった。一般の人にとっては学術論文を通じたコミュニケーションは高度で参加できないが、科学の通常のプロセスの外で行われる議論には容易に参加でき、通説と異端の説を自由に戦わせることができる点が魅力になり得ると著者は指摘する。論考では一般の人々の科学リテラシーの必要性を説くが、科学者が一般の人に対して発信することの必要性も感じる。

▷ジェームス・テンプル「気候危機時代の食の選択肢『培養肉』禁止が愚策だと言える理由」(MITテクノロジーレビュー、5月15日)*

▷山口敬太「道路空間再編による都市デザインの新潮流」(都市問題5月号)

砂原庸介=政治・地方自治

▷湯浅誠「地域の土壌づくりとしての『居場所づくり』」(都市問題5月号)

〈評〉以前はさまざまなかたちで存在した子どもの居場所がなくなっていることが示された上で、以前のような「結果としての居場所」から「目的としての居場所」づくりが試みられていることが論じられる。個々の尊重を重視することが1990年代ころから孤独や孤立としてとらえられるようになり、現在は「つながり」を求めるようになる移行期であるとして、居場所が「結果」としてのものから「目的」として再帰されるという著者の見方は興味深い。著者の講演を受けて行われたパネルディスカッションも、居場所をめぐる取り組みとして示唆的なものが多い。

▷秦正樹「複雑化する有権者と野党の課題」(Voice6月号)

▷鈴木瞬「ケアと教育をつなぐ 子どものための学童保育とは」(世界6月号)

中室牧子=経済・教育

△筒井淳也、小倉将信「少子化対策に『魔法の杖』は存在しない」(Voice6月号)

〈評〉「少子化対策」の中身として子育て世帯への支援ばかりに注目が集まるが、「そもそもどうして子どもを持とうとしないのか」という問題の根本的な原因である若年者の未婚化を視野に入れた政策がさらに重要だと筒井氏は指摘する。若者が将来の生活に不安を感じる状況を打破できなければ、未婚化が加速すると警鐘を鳴らす。対談ではジョブ型雇用や、勤務地・労働時間を限定した正社員雇用なども議論される。少子化対策は子どもに関わる話だけでなく、労働市場制度や解雇法制なども含めて総合的に検討されるべきだ。

△高野佳佑「災害、戦災…何が都市の復興と停滞を分けるのか」(東洋経済オンライン、5月15日)*

△藤波匠「経済・雇用環境に左右される出生率」(週刊エコノミスト5月14日・21日合併号)

安田峰俊=現代社会・アジア

△イトウユウ「マンガから民俗学を考える」(現代思想5月号)

〈評〉いわゆる日常系マンガやエッセー系マンガが持つ庶民生活の記録性について論じている。日本の「鳥獣戯画」や中国清代の絵入り新聞「点石斎画報」など、イラストやマンガが後世から見て当時の社会風俗を理解する上で重要な史料になることはままある。現代の日々を描いた“オチのない”系統のマンガに、史料性を認めるのは説得力がある。本稿が、SNSで最近話題になりやすい素人漫画家のエッセーマンガにも言及しているのは卓見だ。

△柯隆「中国不動産バブル崩壊の影響と今後の展望」(東亜5月号)

△小笠原欣幸「台湾新政権・頼清徳の研究」(Voice6月号)

青井未帆=憲法

▷塚原伸治「流動性と異質性の民俗誌に向けて」(現代思想5月号)

〈評〉贈与としての伝承論・伝統論は、伝統を人間にとって最も基本的な相互行為として、人々の贈与交換によって受け継がれてゆく過程に着目する。日本の民俗学での長年の議論とも接続することから、著者は「贈与としての伝統論」を共感的に支持する。伝統はときに地理的な境界を越えて移動し継承される。トラディションという言葉のラテン語の語源は「向こうに与える」という意味に端を発している。贈与交換の網の目の中に異質な他者を取り込みながら手渡しで受け取っていくプロセスは、歴史を紡いでゆく手法でもあろう。

▷ポール・シャーリ「AIが主導する戦争の時代?」(フォーリン・アフェアーズ・リポート日本版5月号)

▷小林良彰「多様性を生み出すための選挙制度」(Voice6月号)

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