静寂な堂内に人がいる。そう感じさせる迫力がある。
いびつな頭の形、非対称な左右の目…。生きている人間の顔を、そのまま寄木の表面に写し取っているかのようだ。誰もが肖像彫刻の名作だと思うだろう。
本像は、5~6世紀に実在したインドの学僧、世親だ。兄の無著(むじゃく)と共に唯識思想を体系化させたと言われる。世親は、ブッダの教えを忠実に守るテーラワーダ仏教(上座部仏教)を修め、当初は兄の無著が説く大乗仏教を批判。しかし、やがて兄に感化されて大乗仏教に転向したという。その後、存在するものはただ心のみであると説く唯識教義を体系化し、多くの著作を残し後世に大きな影響を及ぼした。
無著・世親の両像とも2メートル近くある寄木造の大作だが、二体には構造の上で若干の違いがある。無著(右)は頭部と体部が一材であるのに対し、世親は前後二材をつぎ合わせている。運慶の指導のもとに無著像は運助、世親像は運賀が担当した。
仕上げ方は両像とも共通しており、木を合わせたはぎ目に布を貼って頑丈にし、全体に漆と砥(と)の粉を混ぜた下地を施した上に、胡粉(ごふん)を塗って彩色している。こうして下地を白くすることで色彩が一段と鮮やかになる。
無著像が右足を若干前に出しているのに対し、世親像は左足を前に出しているので、対称的な動きを表現しているのが分かる。兄の無著は老齢、弟の世親は壮年の顔つきをしている。そうした微妙な違いの表現などから、運慶ら鎌倉時代に活躍した仏師の力量が伝わってくる。
世親菩薩立像
- 読み:せしんぼさつりゅうぞう
- 像高:190.9センチ
- 時代:鎌倉時代
- 所蔵:興福寺
- 指定:国宝
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